原田マハ、アートの達人に会いにいく
ニューヨーク近代美術館等のキュレーターから作家に転身し、アートに関連した傑作小説を次々に発表してきた著者。そんな彼女が敬愛し、多大なる影響を受けた人々のもとを訪れ、対話を重ねていく。
お相手は、漫画家の竹宮恵子や池田理代子、建築科の安藤忠雄、詩人の谷川俊太郎、映画監督の山田洋次、歌手・俳優・演出家の美輪明宏、藤原定家の末裔で平安時代から続く歌道を守り伝えてきた冷泉貴美子、シャネルの会長で小説家でもあるリチャード・コラスなど33人。それぞれのジャンルの第一線で活躍してきた達人たちが、人生を振り返りながら発する言葉は、豊かで深みがあり、読者にとっても生きる指針となってくれそう。
2023.3月刊行
著者:原田マハ 発行:新潮社
良妻の掟
マンハッタンのPR会社でバリバリ働いていたアリスが、夫に押し切られる形で仕事を辞め、ニューヨーク郊外の屋敷に引っ越すところから物語は始まる。広い庭のあるその屋敷には、少し前まで、ネリーという専業主婦の女性が40年も暮らしていたらしく、掃除をすると彼女の痕跡が次々見つかり……。
アイデンティティの拠り所だった仕事を失い、閉塞感と虚しさを抱えて1日中家で過ごす2018年のアリスと、「良妻の鑑」として振る舞いながら深い秘密を抱えていたらしい1955年のネリー。2人の暮らしぶりと心の揺らぎが交互に描かれていく。
この60年で女性が置かれている状況は大きく変わったけれど、その一方で、変わらないものも山ほどあり、男女同権が日本より進むアメリカですら家父長制が厳然として続いていることを、この物語は突きつけてくる。アメリカで女性たちの共感を呼びベストセラーとなった1冊。
2022.12月刊行
著者:カーマ・ブラウン 訳:加藤洋子 発行:集英社
私のことだま漂流記
1985年、『ベッドタイムアイズ』で衝撃的にデビューして以来、第一線を走り続けてきた作家が、幼少期から現在までの人生を掘り起こし、なぜ小説を書き始めたか、どんな作家や作品の影響を受けてきたか、どうして書き続けているのかを飾らず、気負わず、ユーモアを織り交ぜながらつづっていく。
本の帯に「自伝的小説」と銘打たれているのだが、読んだ印象はエッセイに近い。小学校でひどいいじめにあったこと。将来への展望を描けずにいた20代の前半、宇野千代の自伝『生きていく私』を読み、心の中で師と仰ぐようになったこと。ホステスとして働いていた過去やエロ漫画を書いていた時期のこと。パートナーが黒人男性であることなどを理由に、新人作家時代だけでなく直木賞を受賞したのちも多方面からバッシングされ、脅迫状まで届いたこと。「女のくせに」「若僧のくせに」「水商売あがりのくせに」「黒人とつき合っているくせに」といった誹謗中傷にくじけそうになっていたとき力づけてくれた野坂昭如、田中小実昌、河野多惠子、水上勉といった今は亡き昭和の文豪たちのことetc……。
山田詠美という作家の〈「根」と「葉」にさまざまな影響を及ぼした言霊〉に本書を通して触れることで、読む側もたくさんの気づきや勇気、生きていくためのパワーを得られずはず。心の滋養強壮剤。
2022.11月刊行
著者:山田詠美 発行:KADOKAWA
植物少女
物語は、病室で眠り続けている母親を見舞う娘の回想という形で進んでいく。主人公・美桜の母親は、出産時に脳出血し、植物状態になった。口に食べ物を入れれば反射的に咀嚼し、排泄もするが、意識は皆無。美桜は生まれてから一度も動いている母親を見たことも、しゃべったことも、抱きしめられたこともない。でも、幼いころは、動かない母親のおっぱいをくわえ、お腹のうえで母の呼吸に合わせて眠った。手を握れば、条件反射で握り返してくれたように感じていた。
日課のように病室を訪れ、その日にあったことや悩みや愚痴を母に語ることで精神のバランスを保ってきた美桜。動いている母の姿など想像することもできず、返事がなくて当然と、ごく自然に受け入れていたのだけれど、成長するにつれ、自分でも気づいていなかった痛みや悲しみ、欠落したものを求める渇きが表面化していく。そばに第三者がいたら耳を背けたくなるような言葉を母にぶつけ、目を背けてしまうような行動をとることさえ……。
なんだか突拍子もない設定に思えるけれど、著者が現役の医師ということもあって、植物状態で生きる患者たちが寝ている病室の様子や、患者家族の心情などの描写がとてもリアル。母と娘が長い長い時を過ごす病室の空気感やにおいまで、まざまざと伝わってくるようで、幾度となく胸を締めつけられる。
言葉を交わせなくても、動けなくても、そこに存在するだけで、人は誰かに影響を与え、何かを残すことができるのだろうか。生きるとはどういうことなのだろうか、と深く考えさせられる。切なすぎるほど切ない小説なのに、読後感は不思議とさわやかだ。寝たきりの母の呼吸を「生の充実」だと気づいて未来を向き始める高校生の美桜に、成長し結婚して母となる美桜に、パワーをもらうと同時に、エールを送りたくなる。
2023.1月刊行
著者:朝比奈秋 発行:朝日新聞出版
逆転のバラッド
主人公は、アラ還オヤジ4人組(鄙びた港町に残る、いかにも昭和!で経営難の銭湯、みなと湯の主人の邦明。暴力団上がりの風呂焚き係、吾郎。儲からない骨董屋のあとを継いだ富夫。第一線を退いて地元支局に異動してきた新聞記者の弘之。人生の黄昏に入り、いろんなことを諦めざるを得なくなっていた彼らの前に、みなと湯の融資担当で不審死した銀行員、丸岡の婚約者が現れる。彼女から、丸岡の死の真相を聞かされた4人は一念発起。総合病院の改築工事に絡んで蠢く悪人どもに立ち向かっていくのだが……。
不正融資を利用して横領を働く病院や銀行のお偉いさん、利権にからむ政治家、したたかな金融ブローカーや人殺しさえためらわない暴力団組員などを相手にした、どこから見ても勝ち目ゼロの闘い。でも、諦めず、くじけず、正攻法と搦め手を駆使して挑むうち、枯れかけのオヤジたちが、次第に輝きを増し、かっこよく見えてくる。事件の真相を追うことで否応なく過去の自分と向き合い、失いかけていた希望や人生を取り戻していく姿に、人間っていくつになっても成長できるんだなあと勇気づけられもする。痛快&爽快な大逆転ミステリーを満喫して。
2023.2月刊行
著者:宇佐美まこと 発行:講談社 ¥1,980
標本作家
物語の舞台は、人類が滅びてから80万年が過ぎた西暦80万2700年のロンドン。人類滅亡後に誕生した「玲妓種」という新たな知的生命体は、人間の文化を知りたいと、さまざまな国と時代の文豪や人気作家たちを蘇生させて小説を書かせるプロジェクトをスタートする。蘇生した作家には保存処置が施され、廃棄されない限り永遠に生き続けられるが、自由はない。標本として管理され、小さな館に押し込められて延々と小説を執筆しなければならないのだ。それも、自分ひとりで書くわけではない。「異才混淆」というシステムによって作家たちの感性や作風はミックスされ、大勢で一つの作品を創作するのである。
玲妓種の一人である管理者が、完成した作品に目を通すのだが、その評価はずっと「退屈。凡庸。落第。拙劣。幻滅。陳腐。不快。屑。論外。愚にもつかない」といった具合。しかも、この数万年、提出するたび明らかに作品の質が落ちていた。一人で一つの作品を書いて酷評されることに耐えかねた作家たちが、「異才混淆」による共作を受け入れるようになってから、それぞれが持っていた強烈な個性も失われていったから。
このままではヒトの想像力が衰微してしまうと、一人の女性が危惧した。19世紀に下級貴族の娘として生まれた彼女は、玲妓種によって死なないよう保存処理をされ、作家たちと玲妓種との交渉や編集作業を担当する「巡稿者」という役割を与えられていた。巡稿者は、ジェクトの核である高名な作家たちのもとを訪れては、共作をやめて一人で書いてほしいと提案を始める……。
人間の創造力の根源にあるものは何なのか、小説というものがどんな力を秘めているのかをSF仕立てで掘り下げていく、ほろ苦く美しく深淵な物語。著者の書物愛がひしひしと伝わってきて、読後、「ああ、あの作家の●●が読みたい。あれも、これも……」と読書欲をそそられる。
2023.1月刊行
著者:小川楽喜 発行:早川書房