図書館への寄付の情報

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PICK UP!

冬に子供が生まれる

 小学校時代「マルユウ」と呼ばれていて、今は38歳となった丸田優のスマホに見知らぬ電話番号からショートメールが届く。そこには、〈今年の冬、彼女はおまえの子供を産む〉とだけ書かれていた。彼女とは誰なのか、差出人が誰なのか、彼にはまったく見当がつかない。有名人になったかつての同級生を取り上げたテレビ番組で、クラスメイトたちがマルユウについて語っているのを見たときも、自分とは別の人間の話としか思えなかった。そもそも、18歳の「あの日」以来、彼は自分が大事なことを忘れているように思えてならないのだ。自分が自分ではないと感じることさえ、しばしばある……。 
 18歳のとき、マルユウは友人のマルセイこと丸田誠一と佐渡理と一緒に交通事故に遭った。天神山の崖から転落する大事故。一緒にいた大人たちは命を失ったが、3人はほとんど無傷だった。小学生のとき、その天神山で彼らはUFOを目撃している。周囲から奇異の目で見られても、本人たちにとっては事実。事故は、「UFOを見た子供たちのその後」を取材に来た記者とともに、目撃した場所に向かっている途中で起きた。
 大人になって疎遠になったマルユウと佐渡くん、そして彼らを傍観する正体不明の「私」の視点で物語は進んでいく。事故のあと、マルユウとマルセイは、まるで性格や好みが入れ替わったように見えることがあった。時には、親しい友人や親でさえ一瞬、マルユウをマルセイ、マルセイをマルユウと思い違いしてしまうほどに……。
 2017年に『月の満ち欠け』で直木賞を受賞した著者による受賞後第1作。長い時をかけ紡がれた謎めいた小説は、UFOや入れ替わりといった奇妙な現象を素材にして、人間の心と人生の不確かさを描く。〈平凡な人生なんていったいどこにあるんだろう〉というフレーズが深く胸に沁みる。

2024年2月刊行
著者:佐藤正午 発行:小学館 ¥1,980

気づいたこと、気づかないままのこと

 有名人でもない、ごくふつうの40代半ばの女性のエッセイが、なぜこうも面白いんだろう。つづられているのは、神奈川県の団地や埼玉県のニュータウンで暮らした子ども時代の思い出、祖母と二人で暮らした日々、過去の恋愛と結婚、今は中学生と小学生になった子どもたちとの毎日、いじめ、がんで入院・手術したときの気持ち、間違い電話についてのエピソード、自分の名字について調べ考えたことなどなど。これといって特別なことは何も書かれていない。なのに、ありふれた日常に向ける著者の視点がユニークで、ハッとさせられたり、吹き出してしまったり、胸がキュンとなったり、こわばってきた肩の力がぬけたり、なんだか楽しくなって心が弾んできたり……。
 著者は、ウェブサイトの編集者&ライター。ウェブで発表した日記が人気を呼び、すでに2冊が出版されて「新たな日記文学」と注目されている。ふつうなら腹立たしく思うことやつらい出来事も、彼女は違う角度から眺め、受け止め、面白がってしまう。平々凡々に思える毎日の中に、愉快なこと、感心させられること、大切にしたいことがこんなにもたくさんあるんだと気づかされる1冊。

2024年2月刊行
著者:古賀及子 発行:シカク出版

その世とこの世

 92歳の今も現役の日本を代表する詩人と、イギリスで保育士をしながら書いたエッセイが次々とベストセラーになっているアラ還の人気ライターが、家族のあり方から昨今の世界情勢、老いや介護、生と死など、さまざまなテーマでつづった書簡集。
 1年半にわたり交わされた手紙の谷川さんのパートは詩と短文からなり、ブレイディさんのほうは散文。会ったことも話したこともなかった34歳も年の離れた2人によるやりとりは、一見、噛み合っていないようだが、深いところでがっちり絡み合い、互いに影響し合って思索を深めていくのがわかる。だからなのだろう、それを読む私たちも自分を、人間を、社会を深く見つめ直し、さまざまなことを考えさせられてしまうのだ。気鋭の画家によるイラストも、味わい深い。

2023年11月刊行
著者:谷川 俊太郎 ブレイディ みかこ イラスト:奥村門土 発行:岩波書店

「烈女」の一生

 「女だから」という理由で人生を制限されたり、「女ならではの」役割を期待されたりすることが今よりずっと多かった1900年前後に生まれ、苦闘しながら自分の力で道を切り開いた女性たちを、「働いて生きる」「シンボルを背負う」「苦しさを無視させない」「生きる場所を探し続ける」「『評価』の中で」という5つの切り口で紹介していく。
 取り上げられているのは、ムーミンを生み出しレズビアンでもあったトーベ・ヤンソン、女性が楽しむファッションとしての下着文化を創り出した鴨居羊子、20世紀アメリカで最も有名な文化人類学者の一人となったマーガレット・ミード、貧しい農村の私生児から大統領夫人となりアルゼンチンの政治に多大な影響を与えたエバ・ペロン、武装盗賊団に誘拐されて自身も盗賊となるが投降&服役したのちインドの政治家となったブーラン・デーヴィーなどなど20人(ダイアナ妃など戦後生まれの人も若干名)。
 悲劇的な形で生涯を終えた人も少なくないが、「嘘偽りのない自分」を生きようとあがく女性たちの姿に胸打たれ、励まされる。

2024年3月刊行
著者:はらだ有彩 発行:小学館

死なないノウハウ

 災害、失業、病気、家族の介護などで困り果てたときどうすればいいか。どんな社会保障制度があり、どんな手続きをし、誰を頼れば、それらを活用できるのか……。アラフィフになった独身の作家・社会活動家が、自身の不安も解消すべく、社会福祉士など各界の専門家に取材。シビアになる一方の日本社会でサバイバルしていくための情報とノウハウを、わかりやすく伝授してくれる。
 専門家たちいわく、我が国の社会保障制度は「メニューを見せてくれないレストラン」。制度が迷路のようになっているうえ、行政側は社会保障費削減のため、利用者がメニューをしっかり読み込み、「正しい窓口で正しく注文」しないと利用できないことが多々あるのだそう。だからこそ、本書のアドバイスは必読だ。
 さらに、パートナーや子供がいないまま死んだ場合の「残されたペット」問題、スマホやサブスクの解約、孤独死や散骨に至るまで網羅。各種困りごとの相談先も掲載している。いざというときのため一読し、手元に置いておきたい。

2024.2.15
著者:雨宮処凛 発行:光文社

死なれちゃったあとで

 フリーランスの編集者・ライターとして活躍する著者が、身の回りで起き今も忘れられない死にまつわるあれこれを回想。親友、後輩、祖母など身近な人だけでなく、旅先でたまたま出くわした事故、ネットを通じて知り合った相手との交流が途絶えたことなども一つの死としてとらえ、「死なれちゃったあとで」考えたことをつづっていく。
 胸が痛み、涙せずにいられないエピソードもあるけれど、「死」を題材にしていても決して悲観的ではなく、筆致も軽やかだ。それは著者が、死と向き合うことで生きていく希望を探しているからなのだろう。「人間、死ぬときはあっけなく死ぬ」ということを実感させられると同時に、どんな人生にも意味があるのだと感じさせてくれる。死を真正面から見つめているからこそ、生というものの輝きにハッとさせられもする。

2024.3月刊行
著者:前田隆弘 発行:中央公論新社 ¥1,870

しんがりで寝ています

 笑えるエッセイの名手としても知られる直木賞作家が、2019年から4年間、女性誌で連載していたエッセイに書き下ろしのおまけを加えた55編。コロナ禍の真っ只中につづられたものも多いが、著者のマイペースぶりは揺るがない。
 EXILE一族に熱狂し、玄関に巣を作った蜂と闘い、ピカチュウのぬいぐるみに熱烈な愛を向け、鍋にすっぽりはまってしまったお皿を取ろうと格闘する。あるいはまた、個性的なタクシー運転手さんと出会って盛り上がり、観葉植物を育てたり枯らしたりを繰り返し、気の置けない友人たちと楽しい時を過ごす。老いた親のことを心配する一方で、自身の健康や老後を考えてしばし不安にかられることも……。基本的に、読んでいる間ずっとクスクス&大笑いで、ときどきホロリ、ドキリ。手に取れば気持ちが軽く、あたたかくなる。
「なんてことのない日常」を愛おしみ、ユーモアたっぷりの筆致で描き続ける著者。ウクライナやパレスチナは言わずもがなだが、日本でも「なんてことのない日常」を送るのが難しくなりつつある時代だからこそ、平凡で平穏な日々の素晴らしさとありがたさが沁みるのだろう。  著者のように、偏見や常識の色眼鏡をかけずに人や物事を観察&考察し、新たに何かを「知る」ことや「出会う」ことを喜び、愛することでもたらされる心の潤いを大切にしていけたらいいな。そういう人が増えれば、世の中はちょっとずつ良い方向に進んでいくのかも。元気が出ないとき、何度でも読み返したくなるエッセイ集。

2024.3月刊行
著者:三浦しおん 発行:集英社

 収録された7つの物語を読み終えたあと、日常が異世界と溶け合って、なんだか自分の周囲がグニャリと歪んでしまったような不気味さにとらわれる。作家の恩田陸が「この想像力、極限」と激賞し、ホラーマンガの第一人者である伊藤潤二が「『禍』の侵襲によって私は永遠の万華鏡の中に迷い込んだ」と評したのも納得だ。
 書物を読むのではなく「食う」ことによって得られる奇妙な快楽の虜となっていく作家が主人公の「食書」。他人の耳の中に自在に出入りする男に背筋が凍る「耳もぐり」。万物の色を奪う魔物の大群と少年少女が対峙する「喪色記」。痩せた女が好みだったのに、ある日突然、太った女性の魅力に囚われてしまった男がとんでもない事態に陥る「柔らかなところへ帰る」。苗を育てるように人間の鼻を培養している謎の組織で働くことになった青年が主人公の「農場」……。
 とてつもなく奇妙で薄気味悪い、それでいてたまらなく蠱惑的な物語を生み出す著者の想像力&創造力に、とにかく脱帽だ。前作『残月記』で吉川英治文学新人賞と日本SF大賞をダブル受賞しブレイクした気鋭の作家の最新作は、これまた恐るべし!

2023.7月刊行
著者:小田雅久仁 発行:新潮社

リスペクトR・E・S・P・E・C・T

 2012年のオリンピックを機に大掛かりな再開発が進められたロンドン東部。高級マンションやモダンなオフィスビル、巨大なショッピングセンターが建ち並ぶニュータウンに生まれ変わった地区では、やがて「ソーシャル・クレンジング」が始まった。若年層ホームレスのためのシェルターから出て行くよう行政に求められたシングルマザーたちは、2014年、「F15ロージス」というグループを結成。「ソーシャル・クレンジングではなく、ソーシャル・ハウジング(公営住宅制度)を」というプラカードを掲げて街行く人に語りかけ、ロンドン市長に嘆願書を出し、それでも事態が変わらないとなると、退去通知を無視して施設に居座り続けようと決意する……。
 ベストセラーとなったエッセイ集『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で知られるロンドン在住のライター兼保育士が、2014年にイギリスで実際に起きた公営住宅占拠運動をモデルに書いた初めての小説。重いテーマを扱っているが、登場する女性たちの会話が生き生きとしていてリアルで、ぐいぐい引き込まれる。
 大人しい性格だったのに、退去通知をきっかけに「あたしはもう黙らない」と奮起し、運動のリーダーとなる白人女性のジェイド。フィリピン系移民の母を持つシンディ。タフで情に厚い黒人女性のギャビー。そんなシングルマザーたちを背後からがっちり支える、ゴシック・パンク風装いでブルース・ウィリスに似ている初老の女性ローズ。彼女たちの行動に刺激を受けて、食料や労働力をボランティアで提供し、助け合いの輪を広げ仲間になっていく人々。さらには、F15ロージス運動を取材するうちに考え方も生き方も変えていく日本の大手新聞社のロンドン駐在員、史奈子……。
 読むほどに勇気づけられ、主人公たち同様、「少しばかりの自分へのリスペクトが起動させる未来」を信じて、動きたくなるはず。

2023.8月刊行
著者:ブレイディみかこ 発行:筑摩書房 ¥1,595

いい子のあくび

 主人公の直子は、ずっと「いい子」として生きてきた。学校でも職場でも恋人の前でも、「いい子」。人の悪口は言わないし、よく気がつき、誰にでもさりげなく気配りをする。ただ、心の奥では、自分の気遣いや親切が「みんなに消費されている」「割に合わない」と不満を感じてもいた。むかつきがたまりにたまったあげく、彼女はある日、スマホを操作しながら歩いてくる人を除けてあげるのをやめることにする。除けなければぶつかってしまうが、「ケガしたっていいからぶつかったる」と、心に決めたのだ。その結果、なんとも皮肉な事態に……。
 そんな表題作のほか、2編の短編(特別どこが悪いというわけでもない職場の人たちのことが嫌いで「みーんな、死なないかなあ」と思ってしまったりするOLの微妙な心理をつづった「お供え」、友人の結婚式に招待された女性の葛藤を描く「末長い幸せ」)を収録。
 芥川賞を受賞した『おいしいごはんが食べられますように』もそうだったが、著者は、ごく普通の女性たちの中に澱のようにたまっていく息苦しさや、複雑微妙な心の動きを日常の情景を通して描くのがうまい。本作も、すらすらさらさら読みやすい筆致で、主人公たちを苛むざらざらとした違和感を浮き彫りにしていて、お見事!

2023.7月刊行
著者:高瀬隼子 発行:集英社

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