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PICK UP!

隆明だもの

 漫画家・エッセイストとして活躍する著者は、吉本隆明の長女で、作家の吉本ばななを妹に持つ。母は俳句の才に優れ、2冊の句集を出している。本書は、そんな彼女が、2012年に亡くなった父とのエピソードを軸に、家族とその周囲の人々について奇譚なくつづったエッセイ集だ。
 吉本隆明といえば数多の知識人に影響を与え尊敬されてきた「戦後思想界の巨人」だけれど、いやあ、こんなに凄まじくヘンテコな人だったとは……というか、お母さんもかなりヘン、いやいや娘たちもヘン……。あまりのヘンテコぶりに驚き呆れ笑ってしまう。ただし、そのヘンテコのいくつかは世の中の常識と照らし合わせるからヘンなのであって、確固たる芯がある。要領が悪くて生きるのが下手くそだけれど、人として極めてまっとうとも言え、読んでいて清々しい。
 妹のばななさんは早くに家を出たが、著者は両親が亡くなるまで同居。晩年、ほとんど目が見えず脚も悪くなっていた父や、病がちな母の介護も引き受けていた。とはいえ、その様子をつづる筆致はあくまでユーモラスでドライ。両親のトホホな部分も思い切りさらけだし、シビアに分析してみせる。それでいて、根底にある父母への敬愛の念が文章の端々から伝わってもくる。
 〈群れるな。ひとりがいちばん強い〉〈普通に生きてる人が一番エライ〉と父に刷り込まれて育ったという著者は、とことんゴーイング・マイウェイ。超がつく猫好きで、何匹も飼うだけでは飽き足らず、1年365日深夜に自転車で「猫巡回」と称する野良猫観察に出かけるのが習慣だ。医師に「お父さんは今夜が山」と告げられた夜も、当然のように猫巡回に行ってしまう。そのため父の死に目に会えず「やっちまった」と思う一方で、父なら最期の瞬間にそばにいるより〈その時お前は本当にお前らしい事をしていたか?〉と私に尋ね、〈もちろん〉と答えるほうを喜ぶはずと確信もしている。
 世の中の常識や他人の目に縛られがちな人におすすめ。型破りな家族&親子関係に驚いたり、笑わされたり、時にあきれたりしながら読み進むうち、なんだか気持ちが軽くなっていく。巻末に収録された妹ばななさんとの対談も興味深く面白い。

2023年12月刊行
著者:ハルノ宵子 発行:晶文社 ¥1,870

言語の力

 著者はアメリカの大学で教える「言語心理学」の研究者。英語、ルーマニア語、ロシア語のマルチリンガルで、ほかにも広東語、オランダ語、日本語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、タイ語、アメリカ手話などを研究対象に、「人はどのように言葉を学習するか」「人が言葉を話すとき、脳はどのように働くのか」「言語を学習すると、脳の構造や情報処理の仕方がどう変わり、思考がどう変容するか」を長年にわたり研究してきたという。その成果を、最新のデータも紹介しつつ一般人にもわかりやすくまとめたのが本書だ。
 翻訳ソフトやChatGPTの登場で外国語を学ぶ必要性が薄れつつあるけれど、著者によれば、〈複数の言語を話すことで創造的な思考に使うリソースが増え、偏見に陥りにくくなり、認知をコントロールする力も手に入る〉そう。新たに外国語を学べば、アルツハイマー病などの発症を4年から6年遅らせたり、認知症になっても症状が出にくくなる効果も期待できるという。
 本書を参考に、新しい言葉にチャレンジしてみない? 著者いわく、〈新しい言語を習う最適な時期は『生まれたとき』だけれど、その次に最適なタイミングは『今』!〉」だそうだから。

2023年12月刊行
著者:ビオリカ・マリアン 訳:桜田直美 発行:KADOKAWA

母、アンナ

 ポリトコフスカヤは自宅のエレベータで何者かに射殺された。チェチェン紛争をはじめ、プーチン政権下での人権侵害を取材しては追及を続け、たび重なる脅迫を受けながらも活動をやめなかった結果として。
 著者はアンナの娘。母のあとを追うようにジャーナリストとなるが、2022年4月、ロシアからの亡命を余儀なくされる。ウクライナ侵攻後、今度は自身が命の危険にさらされ、ティーンエイジャーの娘までクラスメイトから攻撃されるようになったためだ。
 亡命して自由に発言できるようになってから、イタリア人女性ジャーナリストとの共著として書いたのが本書。弾圧に屈せずプーチン批判を続けた英雄として西側から高く評価されるアンナの素顔や彼女が遺したメッセージとともに、「英雄」を母親に持ったがゆえの苦悩や、「勇敢でありなさい」という在りし日の母の言葉を胸に同じ道を歩もうと決めるまでの葛藤が丹念につづられていく。
 プーチン政権下で政治犯として逮捕された人々は数百人にのぼるという。暗殺された者、不審死を遂げた者も多く、アンナが勤務していたリベラル系の新聞社だけでも6人の記者が命を失った。コロナ禍とウクライナ戦争を経て政権批判はさらに困難となり、SNSや知人との会話さえ当局に取り締まられるようになったロシア社会を著者は内側から見つめ、考察していく。〈意識を抑圧する訓練が日常となり、無関心を貫くことが生き延びるための道となった。その枠からはじき出した者は運がよければ錯乱者として扱われ、悪ければ排除すべき危険分子と見なされる〉と。胸揺さぶられ、さまざまなことを考えさせられる1冊。

2023年11月刊行
著者:ヴェーラ・ポリトコフスカヤほか 訳:関口英子ほか 発行:NHK出版 

川のある街

 川と時間と人生――3つの「流れるもの」をテーマにした「川のある街」「川のある街Ⅱ」「川のある街Ⅲ」という3編が収録されている。1作目は、両親が離婚し、母親の実家がある郊外の街に引っ越してきた8歳の少女の成長を描く。2作目は、結婚相手の家族に会うため北陸の地方都市にやってきた女性と、出産を控える3人の妊婦を巡る物語。
 特に心にしみるのが、運河の張りめぐらされたヨーロッパの街を舞台にした3作目だ。40数年前、その街に移住した芙美子のもとを、姪の澪が訪ねてくる。澪の目的は、父に頼まれて芙美子に帰国をうながすこと。若き日に大学教師の職を捨て、同性の恋人とともに日本を飛び出した伯母は、愛する人に先立たれて今はひとり。年老いて、認知症も発症していた。
 大好きで尊敬もしていた伯母は集中力を欠き、何かと我慢が効かなくなり、時々目がうつろになってしまう。その一方、昔と変わらぬ冴えも見せ、ひとりの生活を楽しんでもいた。そんな伯母になかなか帰国を勧められない澪は、やりがいのある仕事とやさしい恋人がいるにもかかわらず、運河と美術館のある異国に暮らす「あり得たかもしれない未来」を想像してしまうのだ……。
 川の流れに人生を重ねるかのように、それぞれの濃密な生の営みが静かな筆致で描かれていく。読み終えてページを閉じたあと、3つの物語を通して届けたかったのだろう著者の思いが聞こえたような気がする。たとえ認知症で記憶が失われようと、その人がこの世からいなくなってしまおうと、どんな人生も貴いのだ、と。

2024年2月刊行
著者:江國香織 発行:朝日新聞出版 

錠剤F

 10の物語からなる短編集は、平凡な人々の日常がふと揺らぐ瞬間を鮮やかに掬い取ってみせる。
 夫が突然逮捕されたことで、ともに暮らしてきた相手の真の姿を知らなかったことに愕然とする「刺繍の家」。コンビニで働く青年が、女性客に突然、あなたの子種がほしいんですと言われる「ぴぴぴーズ」。マッチングアプリのデートもうまくいかず、劣等感を募らせている保育士が主人公の「みみず」。嫌なことに目をつぶって生きてきた定食屋のおかみさんが、近所のクレーマーからとんでもないクレームをつけられる「あたらしい日よけ」。同僚がネットで自殺のための薬を買おうとしていることを知ってしまうハウスクリーニングの女性を描く「錠剤F」etc.……。主人公たちが人知れず抱えている寂しさ、幸せに見える日々の隙間に潜む現代社会ならではの孤独を浮き彫りにしていく手腕は、さすが小説巧者!
 読後感は、かなり悪い。読むほどに心がざわざわして、周囲に不穏な空気がたちこめていくようだ。なのに、ページをめくりつづけてしまうのは、読者自身の中にも少なからず存在するマイナス感情が掘り起こされ、主人公たちのそれと響き合うからなのだろう。予想を裏切るストーリー展開と巧みな心理描写にうならされる。

2024年1月刊行
著者:井上荒野 発行:集英社

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