エッセイ裏庭のまぼろし 家族と戦争をめぐる旅
文化人類学者である著者は2020年の夏、戦死した大叔父(祖父の弟)の手紙を読んだのをきっかけに、戦争と家族の歴史について調べ始める。太平洋戦争中、大叔父はアジア各地を転戦し、やがて沖縄で命を落としたという。
若き陸軍将校だった彼が戦地から家族や婚約者に書き送った書簡や、祖母が大叔父の婚約者に宛てて家族の近況や四季折々の風物について綴った手紙を手がかりに、戦時下の日本の暮らしが繙かれていく。田舎の美しい自然に抱かれ、平凡ながらも幸せに暮らしていた一家に、戦争が何をもたらしたのか。散策が何より好きだった内省的な青年は、何を胸に見知らぬ土地で戦い、死んでいったのか……。
著者の文章は静謐で、自然描写の美しさが光る。引用される戦地からの手紙も、検閲ゆえか抑制が効き、どこか淡々としている。でも、だからこそ、読む者の胸に迫るのだ。敗戦から80年近い歳月が流れ、戦争を体験した人々が消え去ろうとしている今だからこそ、手に取って考える手がかりにしたいエッセイ集。
2024.7月刊行
著者:石井美保 絵:イシイアツコ 発行:亜紀書房
ノンフィクションえほん思考
著者は、『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』『タイム・スリップ芥川賞――「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』などユニークな発想の本で注目されてきたライター兼クリエイティブプランナー。1年間で1000冊の絵本を読み込んでみた果てに、彼はこんなことに気づいたという。“私たちは思考法のすべてを幼いころに絵本から学んでいるんじゃないか。絵本にはすべてがあり、ルールだけがない。子供にも伝わるように表現を削ぎ落とし、シンプルなストーリーでページ数も限られているからこそ、絵本には発想の核になるものがむき出しになっている”。
そこで、数多ある名作絵本の中から26冊をピックアップし、暮らしを豊かにしたり、仕事にイノベーションをもたらしたりするのに役立つ思考術&発想法を抽出。さらに本書では、それぞれの絵本の核と同じような発想で成功した人々の名言や具体例もセットにして紹介していく。
たとえば、『どうぶつにふくをきせてはいけません』という絵本なら、本田宗一郎の「仕事は全部、失敗の連続である」という名言と、洗うのを忘れたシャーレに生えてしまったカビから抗生物質を発見したフレミングの事例。また、『これなんなん?』という絵本では、「想像力とは、観察力のことである」というアントニオ・ガウディの言葉と、商品についているバーコードの別の使い道を考えて誕生した電子ゲームおもちゃの話……という具合。ワクワクしながら読むほどに、常識で凝り固まった頭が解きほぐされるはず。
エッセイショートケーキは背中から
おいしいものを食べるのが大好きで、小学生のときから食日記をつけ続けてきたという著者。大学生のころには、食にまつわる発見や感動をつづったブログで注目され、会社勤めを経てフードエッセイストとなった。
ポテトチップスから世界的最先端レストランで味わった美味まで、さまざまな「おいしさ」をつづったのがエッセイ集は、会社員時代の思い出話からスタートする。ハードワーク続きで心身ともに磨り減り、自分が空っぽになったように感じたある夜のこと。もう真夜中だし、疲れ果てていたけれど、帰宅して寝てしまったらたら自分が自分じゃなくなってしまいそうな気がして、家の近所で灯りがついていた小さな店へ。そこで食べた春菊のすり流しが胃と心に染み、「やっぱり虚無にはごはんが効く。失われた生命力はその日のうちに取り戻さなきゃ」と確信。以来、どれだけしんどかろうと、必ずごはんを食べて一日を終えることに決めたそう。
「私にとって、世界を理解する手段は食べもの」と断言する著者だけに、彼女がつづる食エッセイは、食べ物への愛に満ち満ちている。ユニークかつオリジナルな表現にそそられ、読んでいるそばから、どこに行けばそれが食べられるのか、買えるのか、検索しまくってしまうはず。しかも、単においしそうなだけじゃない。食べたときの感動や、お店の空気、料理人たちの思いや誇りまでが伝わってくるのだ。
2024.8月刊行
著者:平野紗季子 発行:新潮社
ノンフィクション世界一よくわかる! 100人の天才画家でたどる西洋絵画史
2024.5月刊行
著者:カミーユ・ジュノー 翻訳・監修:冨田章 発行:グラフィック社
ノンフィクションテヘランのすてきな女
ノンフィクション言語の力
2023年12月刊行
著者:ビオリカ・マリアン 訳:桜田直美 発行:KADOKAWA