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「倒産」体験をつづった 自分史に学ぶ

「倒産」体験をつづった自分史に学ぶ

河出岩夫

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かわで・いわお
放っておけば歴史に埋もれていく個人の人生史。しかしその中に、数々の人間ドラマが隠されている。自分史づくりを通して、誰もが人生の尊さ、豊かさに気づける社会を目指す。河出書房代表。自分史活用推進協議会理事。


 

 人生を振り返ったとき、運命が変わるような出来事は何度訪れるだろうか。ここでは挫折と言われる体験の中でも、経営者による「倒産」体験を記した書籍をいくつか紹介しながら、人生との関係性を考えてみたい。

 

『再起のための人生学 ~倒産社長500人の教訓~』
 著者:野口誠一

 著者は、倒産体験によって苦しむ人々の駆け込み寺「八起会」を立ち上げ、30年 にわたり代表を務めてきた。自身も、かつては経営者として成功を収めたものの、 有頂天になり倒産した経験がある。だがプライドの高さゆえに立ち直れず、苦汁を味わい続けたが、ある日、それまでの生き方を猛省。心の豊かさに軸足を置いた人生観に目覚めたという。

 そして同じ境遇の人々(倒産した社長、倒産間近の社長)に寄り添い、立ち直るき っかけとなる場として「八起会」を非営利で創設。その活動に生涯を捧げた。倒産体験から得たものは大きく、その持論は示唆に富んでいる。野口はすでに他界しているが、八起会の活動は彼の遺志を継ぐ人々によって現在も続けられている。

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『再起のための人生学~倒産社長500人の教 訓~』
著者:野口誠一
発行日:2008年1月5日
出版社:アーカイブス出版
頁 数:240ページ

 

 

『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』
 著者:杉本宏之

 著者の前半生は凄まじい。13歳のとき母親をガンで亡くした。父親は事業に失敗し、働かずに飲んだくれた。杉本自身も高校生でグレて暴走族のリーダーに。ある日、父と口論になり、腹部を包丁で刺されたのをきっかけに、「このままではい けない」と人生を変えていく。
 猛勉強のすえ宅建資格を取得し、不動産の営業マンとして頭角を現す。その後、 ワンルームマンション投資のノウハウを生かし、不動産会社「エスグランド」を設立。2005年、28歳で1部上場を果たした。最盛期は年商400億円。しかし、リーマンショックの余波で急激に資金調達が厳しくなり、ついに経営破綻を迎える。それでも自己破産はせず、債務の返済に取り組んだ。

 多くの社員が離れていく中、数名のスタッフが最後まで残ってくれた。自分を見捨てずにいてくれる仲間への感謝の念 から、もう一度やり直そうと誓い、新会社を設立したという。2014年、再起から7年が過ぎ、年商200億円まで回復した。失敗を力に変える知恵と勇気がある限り、人は成長し続けることを実感できる1冊だ。

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『 30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一 度、起業を決意した理由』
著者: 杉本宏之
発行日:2014年7月17日
出版社:ダイヤモンド社
頁 数:258ページ

 

『破綻~バイオ企業・林原の真実~』
 著者: 林原 靖

 岡山県にある「林原」は、創業者が水あめ製造会社から身を起こし、130年の歴史を持つ。後にバイオ産業界で知る人ぞ知る企業となり、甘味原料トレハロ ースや抗がん剤インターフェロンの量産化に世界で初めて成功。市場を独占してきた。しかし、2011年に1300億円の負債を抱えて経営破綻。優良企業であった同社がなぜ行き詰まったのか。創業者一族で、当時専務だった著者が「林原」倒産までの真相を綴ったのが、本書である。

 事業拡大の立役者だった父親が52歳で世を去った後、グループ企業を合わせて3000人の社員を抱える林原の後を継いだのは、当時19歳の大学生だった次男の健。著者は四男で、まだ中学生だった(長男は夭逝し、三男も若くして死去)。会社では大混乱が起こり、幹部の離反なども相次いだ。幾多の危機を乗り越え、兄が研究開発部門を、弟(著者)が経理部門を担当し、二人三脚の経営で軌道に乗っていく。バイオの先端技術で莫大な資産をつくり、それを担保に巨額の融資を受けた。その資金を次の研究費に注いだ。

 ある日、主要銀行から呼び出しがあり、過去に粉飾決算をしていたことを指摘さ れる。これを機に、林原は経営破綻への道を転がり始める。結局、兄弟は会社を追われ、私財も差し押さえられてすべてを失うことになる。林原グループはある商社が買い取った。曽祖父の代から続いた会社が人手に渡り、全財産を失った著者は、倒産体験を記録することに迷いがあったようだ。しかし、自分の体験がケーススタディとし て意味があるのではないかと考え、書き記すことにしたという。

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『破綻~バイオ企業・林原の真実~』
著者: 林原 靖
発行日:2013年7月26日
出版社:ワック出版
頁 数:232ページ

 

 

『林原家 ~同族経営への警鐘~』
 著者: 林原 健

 著者はバイオ企業「林原」の社長で、先に紹介した『破綻』の著者、林原靖の実 兄だ。ひとつの企業の倒産までの経緯を、2人の経営者がそれぞれの視点で振り返 ることで、その実態がより立体的に浮かび上がる。

 倒産までの事実経過は、『破綻』の内容とほとんど差異がない。しかし、研究開発担当だった兄には、粉飾決算のことは寝耳に水で、弟の不始末にただ驚嘆するばかりだった。弟が著書の中で、倒産までの顛末と金融機関やマスコミに対する怒りを主軸に据えたのに対し、本書は「林 原一族」の背負った宿痾(しゅくあ)について大きくページを割き、違った角度から倒産の真相に眼差しを向けている。

 武家の系図を持つ林原家の躾は厳しく、特に父親の存在は絶対的なものだった。その家風は兄弟間にも波及し、2人の関係もまた絶対服従の間柄となっていた。

 父の急逝を機に社長に就いた著者は、研究開発部門に重点を置き、のちに入社した弟に資金繰りの一切を任せた。傍から見れば二人三脚だが、実態は主従関係。弟は兄の目を直視することもできず、会話も敬語だった。会社の業績が良いと信じ込んでいた兄は、資金繰りのことなど考えもせず研究開発に没頭。一方、兄の研究者としての才覚を信じていた弟は、兄に資金繰りの心配はさせまいと密かに粉飾決算に手をつけてしまった。

 金融機関の思惑など外的要因はあるものの、破綻の真因は内的要因、すなわち兄弟間のコミュニケーション不足にあった、と著者は言う。小さな齟齬が次第に大きな溝となり、兄弟は共倒れの結末を迎えてしまった。すべてを失った著者は、弟との間に埋めがたい溝をつくっていた自身の不徳に気づき、深く後悔している。

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『林原家~同族経営への警鐘~』
著 者: 林原健
発行日:2014年5月 20 日
出版社:日経BP社
頁 数:216ページ

 

『夢追い人生一代記 ~八十七年の記録~』
 著者:坂本義雄

 著者は裸一貫から会社を立ち上げ、文字通り「街」をいくつもつくってきた人物だ。1931年、仙台生まれ。幼い頃に満州に渡った父は帰らぬ人となり、15歳で母も亡くし世帯主となる。闇米の仲買人や米兵の通訳をしながら生計を立て、兄弟の生活を支えた。

 苦学の末に大学で土木工学と都市開発を学び、新潟県の建設会社に入社。「日本 列島改造論」を標榜する田中角栄のお膝元で、ダム建設など戦後日本の経済復興に取り組むことになる。こうして政治とカネの流れを学び、65年、ついに独立開業を果たした。

 時代はまさに高度経済成長の真っただ中。団地ブームが到来し、郊外各地で「ニュータウン」建設ラッシュが広がっていった。機を見るに敏な坂本は、持ち前の観察力と交渉力で資金を調達し、実績を積んでいく。ついには1000億円を調達し、「街」をつくるまでになった。神奈川県、千葉県の郊外に山を切り拓いて道路を敷き、そこへ学校、住宅地、商業施設、病院などインフラを整備していったのである。

 しかし85年のプラザ合意を機に日本はバブル経済へと舵を切り、二束三文だった山林がみるみる高騰していく。誰もが土地神話を疑わなかったが、やがてバブルは崩壊。著者の会社も資産評価額が10分の1にまで暴落して一気に債務超過へ と陥り、経営が立ち行かなくなってしまう。

 しかし、失意のどん底で出会った恩師 の存在によって、折れそうになる心を支えることができた。その後は霊園の造成管理事業に新たな可能性を見出し、会社も軌道に乗っていく。再出発から30年を迎え、米寿の節目に人生を振り返ろうと本書を書き上げたという。『私、社長ではなくなりました。

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『夢追い人生一代記~八十七年の記録~』
著 者:坂本義雄
発行日:2018年7月1日(非売品)
出版社:河出書房
頁 数:108ページ

 

 

『~ワイキューブとの7435日~』
 著者: 安田佳生

 著者は、かつて人材採用コンサルティング事業で世間の注目を集めた「ワイキューブ」という会社の経営者である。

 幼い頃から学校の勉強が嫌いで、常識的なレールの上を疑いもせず進む生き方に強い抵抗があった。アメリカの大学で学んだのち、リクルートに就職したものの、まわりと同じことをやるのが嫌いで、他の方法を考え出す。その結果、営業成績で全国トップに。ふつうはアポが取れたら上司を連れて挨拶に行くのだが、「うちの上司が会いたがっているのですが」とゴールから逆算したアプローチで成功した。

 やがて独立し、ワイキューブを設立。大手企業が新卒採用に力を入れる中、あえて中小企業に向けた新卒採用を推進した。当時は、まだ中小企業は新卒採用を ほとんど考えていない時代。中小企業が優秀な新卒を採用するには、オフィスの魅力、社員の服装、給与の高さなどが大切だ、と安田は唱えた。実際、自社の採用にも資金を惜しまず、先行投資していった。会社にワインバーをつくり、社員 の移動をグリーン車にし、ラスベガスへ社員旅行をさせるなど、派手な演出でメディアにも取り上げられた。そうした露出が功を奏し、優秀な社員が集まり、売上も上昇。著書『千円札は拾うな』(サンマーク出版)は35万部のベストセラーになった。

 そんなワイキューブも、2006年がピークだった。売上40億円、市場シェア10%、社員数230名にのぼったが、リーマンショックにより企業が新卒採用を控えるようになったことで事業が立ち行かなくなる。ついに11年、負債42億円で経営破綻。自らも自己破産をして民事再生の道を歩むことになる。

 経営破綻から1年後に書いた本書で、著者は振り返る。自分が劣等感の塊だったこと、居場所を求めて会社経営をしていたこと、利益よりも人気を集めたかったこと……。

 しかし、決められたレールを歩むのを嫌う性格は、これからも変わらない。この先自分の人生がどうなっていくのか、ひとつの実験だと思ってほしいと記し、本書を結んでいる。

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『私、社長ではなくなりました。~ワイキューブと の7435日~』
著 者: 安田佳生
発行日:2012年3月1日
出版社: プレジデント社
頁 数:208ページ

 

 

失敗の真摯な記録は成功者の体験談に勝る

 私たちの身近なところでも倒産や廃業の話は珍しいことではない。東京商工リサーチの調べによると、2017年度の企業倒産数(負債1000万円以上)は年間8400件あまり。休廃業や解散数は2万8000件あるという。調査会社が把握していない零細規模の倒産廃業数を含めれば、その数はさらに膨れあがるだろう。

 日本企業の99%が中小零細企業で、7割が赤字経営と言われている。そのほとんどはオーナー企業であり、経営者自身が個人保証のリスクを背負いながら会社を運営しているのが実態だ。従って、倒産=自己破産となるケースも多い。

 倒産は犯罪ではないが、社員や顧客、取引先にも多大な迷惑がかかるため、罪悪感を抱く経営者は多い。そこへ自己破産 が絡むと、家族や連帯保証人へも累が及んでしまう。精神的、経済的、社会的にこうむるダメージは、決して小さなものではない。追い詰められ、自ら命を絶ってしまう痛ましいケースも後を絶たない。倒産や自己破産の体験は、それほどまでに大きなインパクトをもたらす出来事なのだ。だからこそ、その体験が人生にどのような影響を及ぼしたのか、書き記す意義は大きい。

 今回、自分史のテーマとして「倒産」を取り上げてみたが、そうした本を書店で探そうと思っても、意外と見当たらず苦戦した。ビジネス書のコーナーに行っても、有名経営者の名言集や、成功者の自叙伝がほとんど。倒産経験など本人もあまり書きたくないだろうし、読者も成功談のほうを読みたいのだろう。逆に言えば、倒産体験本は、まだまだ希少価値が高いとも言える。

 今回紹介した書籍は、倒産体験の裏に「自分史」や「家族史」が見え隠れするものを選んだ。著者の生い立ちや先祖代々から続く文脈の中で倒産体験がどのように捉えられているのかを重視した。

 各書籍の時代背景に注目すると、その時代ならではの事情がうかがえて興味深い。戦後復興期、ベビーブーム、高度経済成長期、オイルショック、バブル経済、リーマンショック。あるいは国際情勢の影響や、ITなど技術の進歩。阪神淡路大震災や東日本大震災といった災害の影響も、その時代を生きた者にしか書けないものだ。

 倒産体験の書籍はまだまだ供給数が少ないが、倒産や廃業を経験した経営者の貴重な記録から学ぶことは多い。こうしたテーマを扱った自分史がもっと書き残されることを期待したい。

 

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