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中小規模企業における コンプライアンスの浸透・定着策

コンプライアンス問題

中小規模企業におけるコンプライアンスの浸透・定着策

経営コンサルタント 杉山伸朗

<検証編>

コンプライアンスはどうあるべきなのか

 1985年くらいから、コンプライアンスという言葉がよく使われるようになりました。しかしさまざまな不祥事が起き、それは法律だけの問題ではないということに気がつき始めたのが2000年の少し前です。学者たちもそういった表現をし始め ました。

 そして、実践する企業の人たちも「法律を守ればいいということがコンプライアンスではないよね」と思い始めた。今日の理解から言えば、法令順守は当たり前。それに加え、社会常識に基づく活動がコンプライアンスではないか、ということがここ 10年くらいの定義です。

 すると「社会常識に基づくとは何か?」「誰が決めるのか?」という話になります。顧客や地域がだめだと言っているものは、だめなのでしょうね。もちろん、説明をして納得していただけることもあるかもしれません。

 でも、受け止め方が悪いとまずいことになります。社員が「セクハラだ」と言えば、それはセクハラになります。またお客様に「何回やっても直してくれない」と言われれば、直っていないことになります。ですから、コンプライアンスの定義は、法令順守だけではなく、社会常識に基づく活動も定義されます。

 コンプライアンスについて、CSR、つまり企業の社会的責任の基本的な位置付けを確認しておきたいと思います(次ページ図)。これは企業の規模にはよりません。

 コンプライアンスの上位にくるもの、包含するものは「リスクマネジメント」です。企業はどうしてもリスクがある。それによって、企業が一瞬にして吹っ飛んでしまうこともあります。あらゆるリスクをどう回避しながら進めるかということが経営なのです。

 リスクマネジメントとは、文字通り、リスクをきちんとコントロールしていこうということです。まずは起きる前にきちんと対応する、狭義のリスクマネジメント。そして発生してしまったことに対し被害を最小化する、クライシスマネジメントの2つの視点があります。

 このリスクマネジメントも、コンプライアンスも、必然的にCS(顧客満足度)あるいはES(従業員満足度)と関連してくることにお気づきになると思います。顧客や社員の満足度への影響です。「選ばれる」という視点からいうと、CSやESの高い企業が選ばれるでしょうから、そういうところから見ると、コンプライアンスというものは侮れません。

 

顧客・社会の視点でリスクをとらえる

 経営にリスクはつきものです。気づかないまま毎日が進んでいて、気づいたときには大変なことが降りかかっていた……そんなことがあるかもしれません。たとえば規制業種が自由化され新規参入が増える、というのは「経営環境リスク」ということになります。取引相手が亡くなったり、

 取引会社や協力会社が倒産することもリスク要因となります。投資の失敗、商品の環境安全、サイバー攻撃などもリスク要因です。また、経営層の言動というものがあります。経営層がどこで何を発言したか、ということは非常に大きなリスクです。

 ここに「コンプライアンスリスク」というものも入れられます。前述のように法律を守っていればコンプライアンスになるという時代ではありません。「社内体制・体質」とは、別の言葉で言えば「悪い風土」というものです。そういうものがにじみ出 て、お客様や取引先に響くことを気 にしていただきたいのです。

 コンプライアンスリスクとしては①労働基準法違反②セクハラ・パワハラ③ステークホルダー軽視、そして④インサイダー取引といったことが挙げられます。繰り返しになりますが、コンプライアンスは法律を守ればよいということではありません。自社内のルール違反が生じるということは、コンプライアンスリスクです。社内で決められたことも守れないのであれば、外でも守れない。こういうものがきちんとできているかはとても大事です。

 また大変重要なのは、情報マネジメントです。情報漏えい、情報盗難、情報紛失、情報改ざん、情報悪用など。漏えいや紛失は、悪気がなければ謝った上でしくみをつくればよいのですが、改ざんや悪用が慢性的に行われていれば、コンプライアンス リスクが高い状態で、経営にとって大きなリスクを抱えていると理解すべきです。

 ではどういう目でリスクを見ればいいのか。「社会常識」とは当事者以外が決めるものだという認識です。当事者とは会社ですが、会社の常識は外が決めるものなのです。「外から見ると、うちはおかしいかもしれない」という点があれば、それに対応 し改めるべきです。

 たとえば社内と社外の安全・安心への見方・価値観は違うものです。プロである業者からすれば何でもないことを、素人であるお客様が心配していることがあります。そういう場合、お客様の不安感を理解した上で対処できるか、できないか。それが、コンプライアンスマインドや倫理観があるか、ということになります。

 次に、他社が許されようとも「うちでは許されないもの」と考えることも大切です。「自分たちこそは」という意識をきちんと持つ。「よそがそうやっていても、うちではあり得ない」という意識が大事なのです。

 コンプライアンスに真摯に対応しなければ、結果的にCSに大きなダメージを与えることになります。「企業規模が小さいから手がまわらない」という弁解は通じません。

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管理職に必須なコンプライアンス能力

 これまで報道されてきたコンプライアンス違反事例を見ると、多くの不祥事は、現場のコンプライアンス知識の欠如、マインドの欠如に起因しているようです。経営者が何かしたというよりも、判断したのは現場ということが圧倒的です。

 トップが言ったことを鵜呑みにしたり、現場が忖度したりしたとしても、判断したのはすべて現場です。だからこそ、現場の方々のコンプライアンスは非常に重要なのです。もちろん、第一にトップが認識した上で、というのが大前提であることは言うまでもありません。

 では、現場のコンプライアンス意識を高めるにはどうするか。そのカギは管理者です。

 以前から管理職やマネジャーの能力と言われているものには、業績の側面と人材の側面があります。成果を上げる力と、人を育てる力です。業績の側面だと、まず目標管理能力、問題解決能力があります。一方、人材の側面には説得力、指導能力、育成能力があります。

 これらが備わっていれば、管理職としてオーケーということが2000年くらいまでのマネジメントの姿でした。ところが、その後、さらに加えてリスクマネジメント能力(コンプライアンス能力)が求められるようになりました。この範囲を、きちんと認識しているかが問われます。

 かつて、「すごい管理職」とは、自分が手本となって現場を引っ張り、部下を動かし、成果を上げる人でした。しかし今はそれに加え、職場のリスクマネジメント(コンプライアンス)能力を持ち、従業員満足度と顧客満足度をきちんとマネジメント できるという前提がつく時代です。もはや、成果が上がれば何だっていいということではないのです。

 

不祥事が起きやすい「悪しき職場風土」

 不祥事が起きやすい悪しき職場風土は、「いいからやれ」と上司から命令する職場です。風土とは、行動習慣のことです。〝いいからやれ風土〞になると、部下が委縮して、何かやらかしてしまうのです。

 また〝グレーゾーンOK風土〞というものもあります。そして〝苦情・クレームを大事にしない風土〞。これは大きな声だけ大事にして、小さな声は大事にしないという意味ではなく、すべての苦情・クレームを大事にしないということです。〝顧客情報はどう使おうと勝手風土〞というものもあります。

 こういった風土を直す唯一の方法は、上から行動を正すことです。管理職が「いいからやれ」を見直し、行動を変える。グレーゾーンはアウトであるということをきちんと伝え、変える。課長がそう変わったとしても、さらに上のトップが「まぁいい や」ではよくありません。ですから、経営者から「俺が先に」と変えていかなくてはなりません。

 経営層は、管理職任用にあたり、昇進・昇格時点の業務能力評価の一環として「リスクマネジメント力(コンプライアンス力)」をきちんと評価する必要があります。 コンプライアンス意識・知識の低い管理者のもとでは、〝アブナイ部門経営〞が起きやすくなっています。特に、拠点が多く分散する組織は、より強く意識してコンプライアンス体制づくりに取り組む必要があります。支店長などは、一国一城の主です。 その数が多ければ多いほど、マネジメント力自体も分散してしまいます。分散している組織であること自体は悪くはありません。しかし経営者の方は、各拠点が同じレベルで経営ができているかということに関心を持たねばなりません。

 私は昇格時に、コンプライアンス意識の作文を書かせることを推奨しています。また、昇格試験に「コンプライアンスをどう考えますか?」という項目を入れる。顧客満足度=CSや従業員満足度=ESに結び付くと思ってきちんと書けるかどうかを昇進・昇格の審査基準にします。

 戦い方が難しい時代に入れば入るほど、誰がマネジャーをやるかは非常に重要です。自分で業績を上げる人なのか、チームを動かせる人なのかということに加え、組織として守るべきことを守れる人なのか、ということも、人事において考えるべきテーマとなります。

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<定着策実践編>

コンプライアンス研修は自分たちでつくる

 コンプライアンスのしくみづくりでは、まず研修体制、浸透のためのものが必要です。「研修は大きい会社がやることで、自分たちがやるなんて無理」という声をよく聞きますが、研修とはもともと自分たちでやるものですから、研修会社に頼む必要はありません。会社の規模に限らず、研修は自分たちの経営の中で、当たり前にやらな ければいけないことであると考えなくてはいけません。

 スタートは、経営層のコンプライアンス意識を合わせることから。経営層がコンプライアンスの重要性について認識を合わせ、率先して正しい行動を取らなければなりません。「コンプライアンスに関する問題について、直接受け取る」という意思表 明をしている経営者もいます。メールなり、目安箱なりで「自分に言ってくれ」とする。管理部門などがとりまとめると、「これは社長にまわすべきではない」と判断して止めてしまうことがありますから。ただし、トップが情報を受け取る際には、起 きていることに対して客観的に受け止め、どう対処するかを考える材料にするという点をしっかり認識してください。直訴や犯人捜しにしてはいけないのです。

 トップの意識が固まったら、次に、全体研修をやっていきます。どんなに荒削りのものでも構いません。これがCS、ESにつながっていくということを意識しながらやります。ここへのトップの参加は重要なことです。社員が15万人もいる会社のト ップにコンプライアンス研修に必ず出ろとは言いませんが、100人規模の会社のトップがその研修にいないのは、その経営者自身のコンプライアンス意識を疑われても仕方ありません。研修は自分たちでするものですが、内容の検討は経営層と管理職、専門家で行うことが最良です。専門家とは弁護士や社労士の先生で、我々のようなコンサルタントも含めてもよいかもしれません。研修会社に協力依頼することも悪くはありませんが、丸投げは意味がありません。

 また、研修には協力会社、パートなどすべての関係者の参加を必須としなければ、徹底されません。「研修なんかに参加させたら、時給を払わなければいけない」という声もあるようですが、そういう発想こそがコンプライアンスを「まぁいいか」と思っている証拠です。問題が起きるのは現場ですから、とくにトップから一番距離の離れているところで委託されている人たちがまったくわかっていないまま仕事しているのは問題であるということです。そして終了後は個々がコミットメ ント(約束行動)を書きます。「こういうことはしません」といったことをきちんと宣言してもらうのです。たったこれだけをやるのに躊躇されてしまうことがあります。でも、社会=お客様や取引先が「いいね」と言ってくれる状態をつくるために、やらなければいけません。部下が書いたコミットメントを人事評価の対象としている会社もあります。きちんとした行動が取れたら加点をするという形の評価です。

 次に管理職研修をします。ここで管理職の意識、行動教育を実施し、管理職としてのコミットメントを書きます。そしてトップが「このコミットメントはいい」とか「違う」ということを示しメッセージングをやっていく必要があります。

 研修が終わり、しばらくすると「そういえば前にやったよね」くらいの意識になってしまうことがあります。そこで、クレド(企業の信条)やガイドブックをつくります。

 私がベタにいいと思っているのが「これはやめよう行動集」です。若手や新人は、やってはいけない行動について具体的に書いていないと理解していないことがあるのです。そして、朝礼や機会教育の場で繰り返し、行動の習慣化を図ります。これは現場任せにせず、このコントロールは総務部門などがやるべきです。 必要であれば、就業規則は躊躇なく改定しましょう。就業規則にないからいいとか、「内規だから」と言う人もいますが、内規であっても常々言われていることであれば就業規則同等の効力を持ちます。改定しなかったことで生じるトラブルを思えば、リスク回避のためにも必要です。コンプライアンス体制をつくるということは、決して大企業だけの話 ではありません。これらがCS、ESにつながるという意識を持てば、中小企業でもやれないことはないのです。

管理職への問いかけ ~経営者も含め内省したい項目~

□利益のためなら何をしてもよいという主張を見かけないか

□顧客・協力会社・取引先からの声を大事にしているか

□補助金目当ての動きをしていないか

□現場の理屈で社内ルールをゆがめていないか

□マニュアルに縛られていないか

□マネジャーがリスクマネジメントに時間を割いているか

□普段から部下の意見を聞こうとしているか(悪い情報も話しやすくしているか)

□部下は、上司のリスク管理の甘さについて躊躇せずに指摘できるか

□財務指標や活動指標だけで業績を評価していないか

□事故は起こるはずがないと思ってはいないか

□内部監査を真摯に受け止めているか

□事故対応訓練がマンネリ行事になっていないか

□グループ全体の信用を考えて自分の部門を見ているか

□新商品、サービスを十分な検証をせぬままスタートしていないか

□取引先の倒産を考慮に入れているか

□取引先が不祥事を通告することを理解しているか

□他人、他部門、他社の失敗から学ぶことを習慣にしているか

□地域社会に理解される行動をとっているか

□協力会社、取引先に丸投げしていないか

□ひとつの協力会社、取引先に依存しすぎていないか

□人材の流出に気を配っているか

□暴走しやすい部下に対するけん制はしているか

□専門家に頼むべきことを自己処理していないか

□企業秘密を安易に開示、渡していないか


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経営コンサルタント 杉山伸朗
 1962年北海道帯広市生まれ。函館ラ・サール高校、中央大学理工学部卒業。システムエンジニアを経て、企業のパソコンシステムの導入支援を行うユースウェア・コンサルタントとして独立。社団法人日本能率協会 専任講師、株式会社日本能率協会マネジメントセンターパートナーコンサルタントとして企業の業務改善、経営改善の支援や人材教育の講師として活躍。ビジネス・ブレークスルー大学院大学(Kenichi Ohmae Graduate school of Business )修了(MBA)後は、上場企業から中小規模企業まで、多くの企業のヒューマンスキルやマネジメント教育業務を広く手掛ける。著書『伝える能力の基本~組織の「伝達力」を高める』(諏訪書房)、『ワークフローの実際』(共著。日科技連出版社)。本誌読者からの要望もあり連載を開始する予定だったが、残念なことに2018年7月17日に急逝した。本稿は生前の講演録をもとに再編集した。

 

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