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INTERVIEW 宮内記者

INTERVIEW 宮内記者

日本人と皇室の〝距離感〞を考える
宮内記者が本当に伝えたいこと

共同通信社記者 大木賢一

 2019年4月30日に今上天皇が退位する。平成が終わり、新しい時代が始まろうとしている今、新たな元号や、退位・即位に伴う儀式など、皇室への関心が高まってきている。

 宮内記者会の常駐記者として宮内庁に通い、皇族の各地への訪問に同行した大木賢一氏は、その目で見てきたありのままを『皇室番 黒革の手帖』に描いている。著者の大木氏に、本書を綴った思いや、伝えたい ことをインタビューした。

 

皇室と宮内記者との距離は遠い

── 『皇室番 黒革の手帖』とは、ずいぶんインパクトのあるタイトルですが、実際に読んでみると、その印象はまるで違いますね。

 私が〝皇室番〟、つまり宮内記者として活動していた2006年から08年の間に見てきた皇室について、 回想録として執筆しました。天皇退位の話が持ち上がってから書いたものです。宮内記者の目線から追体験できるようなつくりにしているので、なかなか興味深いものになったのではないかと思います。別にサス ペンス要素や秘密の情報があるわけではなく、実際に〝黒革の手帖〟にメモをしていたから、このタイトルになりました。

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『皇室番 黒革の手帖』 大木 賢一・著 
宝島社発行 定価 780円+税

 

 

 

── イラストが多いのが印象的です。当時、〝黒革の手帖〟にスケッチされていたものですね。

 宮内記者は天皇、皇后両陛下や皇太子ご一家の〝お出まし〟を待つ時 間が長いので、その時間に絵を描くようになりました。絵を描くのは子どもの頃から好きでしたし、皇室の番記者はカメラを使ってはいけないという規則もありますから。

 もともと警視庁の〝署回り〟や捜査1課を担当していたときから、スケッチはしていました。現場を中心に聞き込みの範囲を広げていくと、どの家のことだかわからなくなってしまう。デジカメやスマホなんかもない時代です。そこで、家のスケッチをし、聞き込みに使うようになりました。

 

── 軽やかで繊細なタッチから、宮内記者ならではの目線でしか捉えることのできない情景がうかがえます。そもそも、どういう思いでこの本を書かれたのでしょうか。

 引用を含め、天皇、皇后や皇太子のさまざまなエピソードを紹介していますが、まず伝えたかったのは、皇室と我々記者との間に、どれくらい距離があるのかということ。どうも、読者の中には、我々が皇族の方々と普通に雑談できると思っている方が多い。年中くっついて歩いて いますから、そう思われても仕方ないかもしれません。でも実際には、その距離は相当遠いのです。当然、記者から皇族への〝お声がけ〟はご法度です。宮内庁に指定された遠い場所から、必死に記事を書いているのが、宮内記者です。そのことを知った上で、皇室報道を読んでもらいたいという気持ちがありました。

 

 

記者の心に生み出された自己規制とタブー

── 宮内記者の中に、皇室に対し てタブーや自己規制みたいなものが 生まれているのではないか、と指摘 されていますね。

 今の皇室報道は、皇室をあまりに も「すばらしい」と褒めたたえ過ぎていると思うのです。もちろん私自身も、皇族の方々の人柄に触れ、敬愛の念のようなものも持っています。でも、天皇陛下も皇族も、国や国民統合の象徴としての役割、仕事を果たすために行動しているわけで、当然人間的な部分もあるわけです。その姿に対して記者が何の疑問も感じず、ひたすらたたえる報道を繰り返すのは、少しおかしいのではないかということです。

 そのため、かなり皮肉を込めて記事を書いたつもりでも、褒めているように読まれてしまうこともあります。そこが、少し怖いなと感じています。

 

── 最近は「天皇制」という言葉も聞かなくなりました。

 昔は、本屋に行けば「天皇制批判」という言葉があふれていましたよね。本書にも書きましたが、1959年に発生した伊勢湾台風の際、当時皇太子だった天皇が被災地を訪問されたときには、「被災地は皇太子のお見舞いや視察を受け入れる態勢ではなく、ありがた迷惑」などという報道もされているのです。それと同時に、子どもたちの「うれしかった」という声を紹介し、ゴム長靴をはいた皇太子の姿に「意気込 みに似たものが感じられる」とも書いてあります。

 褒めるべきところは褒め、批判すべきところは批判している。皇室と記者の距離が、今よりずっと近く感じられます。

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── なぜ現在は、「ひたすら褒めたたえる」報道になってしまったのでしょうか?

 被災地訪問では、時に体育館の床にひざまずきながら、被災者の方々に声をかけられている両陛下の姿が繰り返し報道されますよね。日本人は、それを当たり前の光景として受け入れるようになりました。個人的な意見ではありますが、そういったことが繰り返されることで、天皇の人徳のようなものが強調されるようになったのではないでしょうか。そういう意味でいったら、戦前の昭和天皇より聖人化、もっと言えば神格化しているのではないか。そして、それが過熱することで、タブーや自己規制が生み出されてしまったのではないかと思っています。

 

天皇は国民の心を映す鏡

── 我々日本人が、なぜ皇室を「ありがたがる」のかについても探ろうとされていますね。

 それは、私自身とても知りたいところです。宮内記者として活動する中で、天皇や皇后は国民にとって〝自分を映す私心なき鏡〟のような存在なのだと思うようになりました。「がんばりましたね」「つらかったですね」といったつつましいお声がけは、どれも国民が「自分自身にこんな言葉をかけてもらったらうれしいだろうな」と思えるものです。天皇や皇后に本当に私心がなく、人徳が高いのかどうか私にはわかりませんが、少なくともそう思わせることには成功している。だから鏡になりうるのですね。

 今の日本には、自分を映す鏡となる存在が、天皇くらいしかいない。政治家は、曇りのない、いつわりのない人だとはとても思えませんからね。そこで天皇にばかり期待がいってしまい、「ありがたい」と思ってしまうのではないでしょうか。それが、私の出した結論です。

 そして、その国民とはちょっと違う立ち位置にいる私たち宮内記者の目の前に、どんな風景が広がっているのか。

 それを知ってもらうのは、結構おもしろいところだと思うのです。本書が、それを知った上で、「日本人にとって天皇とは何か」「国民と皇室の関係とは」を、少しでも考える一助となれば幸いです。

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大木氏の桜田門のスケッチ。「皇居はこの国のど真ん中に存在し、丸の内のオフィス街から1㌔も離れていないのに、“地図に載っていない、忘れ去られた田舎の村” といった印象を受けます」


 

おおき・けんいち
共同通信社記者。1967年、東京生まれ。90 年、早稲田大学第一文学部日本史学科卒業。 共同通信社入社後、鳥取支局、秋田支局、大 阪支社社会部などを経て本社社会部。大阪 府警と警視庁で捜査1課担当。2006年から 2年間、宮内庁担当。大阪支社社会部、東 京支社編集部でデスク、仙台支社編集部で担 当部長。16年から本社社会部編集委員。

 

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