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省エネ住宅を考える

  • 2019/06/21 14:24
  • カテゴリー:住宅

省エネ住宅を考える

〝質の高い〟暮らしを送る
世界最高峰基準のパッシブハウスとは?

 誰もが、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせる我が家を求めているだろう。 ところが、日本の家は暑いし、寒い。 その上、家の燃費が悪く、人々は〝我 慢〟をして暮らしている。

「我慢は美徳」――そんな日本の価 値観を打ち破り、快適性、光熱費、 デザイン性、省エネ性すべてをクリア してくれるのが、ドイツからやってき た「パッシブハウス」である。世界最 高峰の省エネ基準で、我慢しないエコ と快適性を叶える住宅だ。

 

ドイツで生まれた パッシブハウス

 パッシブハウスとは、ドイツの建築物理学者、ヴォルフガング・ファイスト博士が提唱し、1991年にパッシブハウス研究所(ファイスト博士が創設)が確立した省エネ基準のことだ。断熱材や日射のコントロール、熱ロスの少ない換気システムなどを駆使し、少ないエネルギーで快適な暮らしを送ることができるパッシブハウス。民間ながら、省エネ性、特にその断熱性、気密性は世界最高峰の省エネ基準である。ドイツではもうすぐ、このパッシブハウスが義務基 準になると言われている。

 近年、中国ではパッシブハウスに国から補助金が出るし、オーストリアやイタリアでは行政の公文書にも「パッシブハウス」という言葉が登場している。世界が注目しているこのパッシブハウスの認定を受けるには、年間の冷暖房エネルギー需要、一次エネルギー消費量、気密性能等の基準をクリアしなければならない。パッシブハウス研究所が独自に開発したシミュレーションソフト「PHPP」を使い、設計段階で試算し、エネルギー効率を予測する。予測された性能に対し、一定の基準を超えたものに対して、パッシブハウスの認定がおりるのである。このソフトのすごいところは、計算値が、実測値よりも1割程度高めに出てくるところだ。建物の立地条件、熱が局所的に逃げるヒートブリッジ、窓からの日射取得、通風効果等を細かく入力する。そして実際にエネルギー消費量を測ってみると、若干少なめの値で落ち着くのだ。たとえ机上の計算値でいい数字が出たとしても、実際に建物をオペレ ーションしたら、ものすごくエネル ギーを食う家だった、では困るわけだ。「PHPP」なら、実際に入居してからのエネルギー消費量(実測 値)が、設計段階での計算値を裏切らないのである。

 では具体的に、パッシブハウスとはどんな性能を持っているのだろうか。床1平方㍍あたりの年間の冷暖房エネルギーが各15㌔㍗時以下であることが基準になっているが、たとえば寒くて日射もない日の夜間の暖房のピーク負荷が10㍗時/平方㍍だったとする。仮に、家の床面積が150平方㍍だとすると、暖房出力が1・5㌔㍗で足りるという計算になる。つまり、その熱源さえあれば、家1軒丸ごと、快適な20 ℃に保てるという性能である。一番小さい6畳用エアコン(2・5㌔㍗)1台で、40坪ほどの家がすべて空調できることになる。これだけでも、このパッシブハウスが世界最高峰の基準と呼ばれるゆえんがわかるだろう。

 

パッシブハウス性能基準

1: 年間冷暖房需要がそれぞれ15kWh/㎡

2: 年間一次エネルギー消費量( 家電も含む)が120kWh/㎡

3: 気密性能として50Paの加圧および減圧時に漏気回数が0.6回/h

 

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愛媛県松前町大間に建てられたパッシブハウス。日本でも、パッシブハウス基準をクリアした家が増えつつある。

 

日本の冬の住宅は凶器 !?

〝住宅の省エネ化〟において、日本は諸外国よりかなり意識が低いと言わざるを得ない。2020年に予定されていた、「改正省エネ基準」の義務化も突如見送られ、日本は世界からみて、30年は遅れているとまで言われている。技術ではなく、その考 え方に問題があるのだ。

 それは、日本人が省エネを「健康 や快適性を我慢して遂行すること」だったり、「おトク感ありきで得るべきもの」と捉えているからにほかならない。

 たとえば、パッシブハウス発祥のドイツでは、健康と快適性と省エネは、切っても切り離せないセットであり、そこに経済性が伴えばなおよし、と考えられている。 しかし日本人は、そこに明確なお財布メリットがないと、なかなか省エネに踏み切れない。太陽光発電で売電してお金が貯められる、エネルギーの消費を抑えて光熱費を削減できる、といったことだ。

 さらに、そのためにはある程度の健康や快適性を犠牲にしなければいけない、とまで考えている。「我慢は 美徳」の価値観が根付いていると言ってもいい。

 家の中は寒いけれど、暖房を使用せずに〝省エネ〟し、光熱費も抑えて〝経済性〟を伴わせる……これが日本の間違った〝我慢する省エネ〟である。その結果、住宅内は部屋によって大きな気温差が生まれ、高齢者はヒートショックで倒れる。ヒートショックとは、急激な温度変化に体がついていかず、血圧が急変し、脳卒中や心筋梗塞を引き起こすこと。とくに浴室や脱衣所、トイレなどで起こりやすく、その死亡者 数は交通事故よりもはるかに多い。 実は日本では、道路に立っているよりも、我が家にいるほうが危険なのだ。 ヒートショックの被害者数が世界一多いと言われている日本の冬の住宅は、凶器とも言える。

 私たちは命のリスクを抱えながら、エネルギー消費量を抑えているのである。

 

house201903_2.jpgリノベーションによって初めてパッシブハウス認定を取得した集合住宅(パッシブタウン、富山県)。

 

 

なぜ、日本の家は寒いのか

 ヨーロッパの家は省エネの義務基準が高く、壁は30㌢くらいの断熱材が入っているし、窓はトリプルガラス。室温は20℃に保たれている。たとえ外気温がマイナス

 10℃であっても、外壁の表面温度は20℃、天井は21℃、トリプルガラスの室内側は18℃、床暖房が入っている床は30℃といった具合である。ヨーロッパの家は表面温度が非常に高いため、室温が20℃もあれば寒くない。冬は北海道並みの寒さであっても、家の中が寒くないのだ。その暖かさは「真綿に包まれているよう」と表現されている。

 では、東京の家はどうか。窓の省エネ基準がないため、単板ガラスでも家が建つのが日本だ。外気温はドイツに比べて高く5℃だった場合、室温は23℃。「なんだ、室温も高いじゃないか」と思うかもしれない。ところが外壁の表面温度は16℃、天井は暖かい空気が上にいくため26℃、床の表面温度は15℃、窓に至っては10℃。そのため、スポット暖房としてファンヒーターを置き、高温の輻射熱を得る――こんな温度分布がザラなのである。

 要するに、大事なのは室温ではなく、床、天井、壁の表面温度なのだ。いま、暑いのか、寒いのかを判断する体感温度は、空気の温度と、表面温度の平均で決まってくる。だから室温が23℃であっても、窓や床が冷たければ、表面温度の平均が下がり、23℃より寒く感じてしまうのだ。

 さらに、室温23℃では乾燥するから、加湿器をつける。すると、加湿した空気が10℃の窓で結露する。窓まわりがびしょびしょになって、欠陥住宅になっていく……。この〝負のスパイラル〟に入ってしまうのが、いまの日本の住宅なのである。

 日本の住宅が負のスパイラルから脱出するには、快適性をもっと貪欲に求めるべきである。日本の住宅メーカーや工務店はもとより、個々がその意識を高く持つことだろう。

 自分と家族が結露や冷え性、カビによるアレルギーといったことに悩まされず、ハッピーに暮らせる家を明確に目指す。

 エネルギーの使用を極限まで減らしながらも、快適性は決して犠牲にしない――それにしっかり応えるのが、パッシブハウスだ。「それは、光熱費でペイできることなのか?」なんて質問が恥ずかしくなってしまうくらい、〝質の高い〟暮らしを得られるのである。

 

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『あたらしい家づくりの教科書』

森みわ・共著
新建新聞社 定価1500円+税
「よい家」とはどんな家? 最前線で活躍する9人の家づくりのエキスパートが、新しい家づくりについて紐解いた1冊。

 

 

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パッシブハウスは「吉田兼好」+「魔法瓶」の家

一般社団法人パッシブハウス・ジャパン
代表理事 森 みわ 氏

 

 

 日本のパッシブハウスは、ドイツ式をそのまま日本に移植するわけではなく、日本の気候や風土を咀嚼した上で、ゼロから建物を構築しています。それは、吉田兼好の「家の作りやうは、夏をむねとすべし」の考え方に通じると思っています。たとえば南側の日射をうまく利用するとか、夏は遮蔽するとか、できるだけ窓を開けて換気し、オーバーヒートを防ぐといったことです。

 でも、そもそも家の南側が開けていないとか、立地によってできないということもあるでしょう。そこをきちんと考え、対応しないと、エネルギー効率の高い家にはな りません。すべてが“燃費”という計算値との勝負になっていきます。

 北海道や東北では、「夏をむねとすべし」なんて冬の劣悪な環境を知らないから言えることだ、と思われるかもしれません。でも、南向きの大きなガラス窓に軒のある日本の伝統家屋と、断熱性・機密性に優れた、つまり「魔法瓶」の発想を足し合わせれば、十分パッシブハウス基準の家になり得ると考えています。

 もちろん、パッシブハウス基準をクリアした上で、いかにきれいにデザインしていくかも重要です。いくら性能が高くても、私たち建築家が美しい省エネ住宅をつく っていかなければ、人の心は動きません。

 パッシブハウスは、種も仕掛けもありません。冬の日射は入れるけれど、夏の日射は入れない。エアコンの使用頻度を減らすために風を流す。屋根にも30㌢㍍くらい(北海道だと50㌢くらい)の断熱材が入り、蓄熱体と してコンクリートを建物の中に入れ、昼と夜の温度差を小さくします。

 要は、設計段階で家の燃費が全部わかっているのです。だから設備設計も過剰になりません。冷暖房のピーク負荷がどれくらいかがわかっていることが、デザイナーにとって、どんなにラクなことか!(笑)

 ところで、「足るを知る」という言葉があります。たとえばパッシブハウスが建ち、エネルギー効率が5倍になったとします。光熱費は5分の1になりました。ところが、「それなら、家をあと4軒建てよう」とか、「冬の設定温度を25℃にして、Tシャツと短パンで過ごそう」では困ってしまいます。

 お財布メリットだけで飛びついてしまう人が多いと、パッシブハウスの考え方とちょっと違ってくる。そこに は、リバウンドを防ぐための消費者側の倫理感みたいなものが問われてくるのですね。

 ですから、我慢せずに快適性を手に入れたその先は、「足るを知る」。つまり「家は1軒でいい」「このライフスタイルで十分」という価値観を、日本人一人ひとりが持つべきである、と私は思っています。

 

もり・みわ
 横浜国立大学工学部建設学科建築コース学士課程修了。1999年ドイツ学術交流会の研究奨学生として渡独。ドイツ・シュツ ットガルト工科大学建築学科Diploma 学位取得。2009年KEYARCHITECTS 設立。10年非営利型一般社団法人パッシブハ ウス・ジャパン設立。17年より、日本UNEP 協会理事に就任。

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