エネルギー自由化を追い風に ナンバーワン・ブランドをめざす
- 2019/05/27 16:05
- カテゴリー:エネルギー
サイサン社長 川本武彦
「ガスワン」ブランドで総合エネルギー事業者をめざすサイサンが、LPガスだけでなく電力事業や海外展開を加速させ、急速に売上高を伸ばしている。2018年8月期の連結決算では同社として初めて1000億円を超え、過去最高の決算を記録した。
電力の自由化を追い風に急拡大する一方、本業のLPガスでもモンゴルやベトナム、タイなど国内に加えてアジア地域を中心に市場を開拓している。創業100周年を迎える2045年までに売上高1兆円を掲げるサイサン社長の川本武彦氏に、エネルギー業界の現状と今後の展開について話を聞いた。
電力・都市ガス事業への進出
―― 2016年の電力自由化、17年のガス自由化で、業界の垣根はとても低くなっています。LPガス業界は現在どのような動向になっているのでしょうか。
都市ガスや電力は、会社同士の競争がない業界でした。しかしLPガスはそもそも比較的自由に競争が行われていた業界です。ただ、これまではLPガス会社同士の競争でしたが、電力に参入し、都市ガスのエリアにも参入していくことが可能になりました。従来の電力会社と都市ガスの競争も激しくなり、エネルギー業界そのものが、非常にボーダレスな市場になっています。LPガス事業者は小規模な事業者が多かったのですが、LPガス市場からエネルギー業界全体という大きな枠のなかで戦わねばならないことで、ずいぶん変化が起きたと思います。
ガスワングループにとっては、いままで売りたくても売れなかったところに参入できるわけですから、自由化は大きなチャンスであり、従前から準備を進めてきました。電力には現在、約500社の事業者が参入していますが、弊社の事業規模から見れば健闘して業界7位のスイッチングの実績を残しています。16年の自由化以降、電力の売り上げがガスワングループ全体で200億円を超えてきました。ガスと電気のセット販売ができるようになったことは、弊社にとって非常にビジネスチャンスになったということで、今後もそのチャンスを掴んでいきたいと思っています。
―― 電力にしても都市ガスにしても、地域的に限定されたビジネスだったように感じます。
自由化の前は、電力や都市ガス会社はまさに地域密着型で、その意味ではいい経営をしてこられたと思いますが、それが競争にさらされることになりました。
私は01年に社長になりましたが、その際に21世紀は20世紀と違ってどんどんボーダレス化が進み、業界の垣根がなくなり、エネルギー業界というものになっていくだろうと話しました。弊社にとってビジネスチャンスの世紀だと。その時に夢に描い ていたことが実現してきている形です。その翌年の02年に定款に電力事業を追加しました。実際には3・ 11の原発事故以降メガソーラー事業に参入したのがはじめての電力事業だったわけですが、独占されてきたものが開放されたことこそが、業界にとって喜ばしいことだと思います。
―― 昨年、グループ全体の売上高が初めて1000億円を超え、1189億円という過去最高の決算になりました。電力の売り上げが大きく寄与していますね。
サイサン単体での電力事業が195億円、グループ会社を併せれば200億円を超え、全体の2割ほどになってきました。電気ですから利益率は決して高いものではありませんが、電気とガスはシナジーが高く、すごく親和性があります。電力需要実績のランキングを見ると、大手都市ガス会社や石油元売、ケーブルテレビなどが電力と親和性があります。また鉄道会社なども沿線の地域密着型のスタイルで成功を収めています。弊社としても、ガスだけで なく電力を扱うことで、よりお客様との絆を深めたいと思います。
ちなみに、過去に売上高の桁が変わった、つまり100億円になったのはいつだろうと調べたら、43年前の1976年でした。いま弊社では 2045年創業100周年に向けたビジョンを掲げています。海外では 現地語に翻訳し、グループ企業でも共有して、アジア太平洋地域でリーディング企業の1つになるという目標を持っています。その時、最低でも売上高は1兆円という数字を目指しています。もう1つ桁を上げる。あと26年しかないことを考えると、ペースを加速していかなければならない。それに1兆円でリーディング企業と言えるのかということもありますから、もう少し伸ばさないといけないのかもしれません。1000億円超えは通過点の1つで、マラソンで言えばまだ5㌔くらいかなという認識でいます。
▲「エネルギー自由化はガスワングループにとって大きなチャンス」と川本社長。
新興国インフラの担い手としての使命
―― 海外事業の拡大にも注力していますが、創業100周年に向けて、経営者としてのこだわりなどはありますか。
弊社はオーナー企業で私は3代目 ですから、継続性についてはすごく大事だと考えています。例えば03年以前にM&Aをした会社は、それぞれが別々のブランドを使っていましたが、グループ会社を含めた共通ブランドとして「ガスワン」ブランドを立ち上げました。その際に、ガスワンとは何か、と「ガスワン憲章」をつくり、お客様に一番に選んでいただくとか、エネルギー業界で一番になろうといった、非常に大きなチャレンジを掲げました。
とはいえ、東京ガスさんとは大きな差もありますし、日本は人口が減り始め、マーケットが縮んでいきます。事業を継続し、かつ憲章に掲げた一番になるためにはどのような企業にしていくべきなのかと考えました。10年ごろから海外事業を進めていくなか、マーケットこそまだ小さいもののモンゴルでは一番のガス会社になりました。ベトナムでも民間企業としては一番、全体でも3位のガス会社です。日本一にはなれなくても、世界一のガス会社にはなれるのではないか。昨年にはタイにも進出し、現在は8ヵ国に出ています。もう少し時間はかかるかもしれませ んが、45 年をターゲットにして、中長期的なビジョンを持って取り組んでいこうとしています。そのころは私も80歳。現役というわけにはいかなくても、そういう場に立ち会えたらいいなという思いを持っています。
―― 新興国のガス需要はどのよう な状況ですか。
新興国はなんといっても人口が増え、市場が拡大しています。全世界75億人のうち、まだ30億人がガスを使えていないという状況もあります。まだ薪や石炭を使っている。そこからガスなり電気に替わる可能性があるのですが、ほとんどが電気や都市 ガスではなく、LPガスに替わります。なぜなら電気や都市ガスは配管や電線の大規模なインフラがなけれ ばできませんが、LPガスはボンベ さえあれば使ってもらえます。いま世界LPガス協会では、LPガスのことを「エクセプショナルエナジー」、つまり卓越したエネルギーだと言っています。それは、薪や石炭をLPガスに替えることにより、薪を取りに行く労働時間から解放され、燃やすことによる肺の疾患等の健康被害が抑えられ、薪を切ることによる自然破壊もなくなる。この3つの問題をいっぺんに解決できる魔法のエネルギーだと言われているのです。
インドネシアでは全世帯にLPガスの小さなボンベとコンロを配って、国として補助金を出してまでLPガスに移行しようとしていますし、インドでも環境改善のエネルギーとして学校の教育の場で取り上げている。アフリカでもまた森林伐採が問題になっていることから、同じように国として移行していく動きが出てきています。
日本では弊社の社員が3・11の東日本大震災の時にガスが止まったので応援に東北に行ったのですが、ガ スを使えるようにしただけで涙を流して喜ばれたそうです。弊社はエネルギー供給を使命として事業をしています。海外でも新しいエネルギーインフラを担う使命感を持つわけです。
▲各国の言葉で2045 年創業100周年ビジョンを掲げ、海外を含めた全社員で共有している。
―― LPガスで海外展開している企業は他にないわけですから、競争相手は必然的に現地企業ということになりますね。
そうですね。必ず現地の企業がありますから、そことの競合ということになります。しかし弊社は、非常に高度な日本の保安技術やお客様サービスノウハウを持っていますから、安全・安心にガスを使ってもらえることを売りにしています。
―― 日本製で見方が変わると。
アジアでは日本製品に対する信頼や憧れもありますしね。中身のガスは現地で輸入しているものですから、例えばベトナムなら現地企業と差はありません。しかし、保安技術やサービスなど差別化を図るために、ボンベに「日本品質」という言葉をベ トナム語で入れています。ガスワンのマークも日本は緑色ですが、海外では赤にして日の丸をイメージして います。
―― 日本のエネルギー業界はほとんど輸入か内需で、海外進出している企業は本当に少ない。
サイサンは、もともと埼玉酸素の略で、日本酸素から独立しました。高圧ガスの酸素や窒素のガスは日本の製造業が海外に出ていく時に大手ガスメーカーが付いて行って、現地でガスを供給するというB2Bのビジネスがあります。弊社も同様のことはしていますが、ネパールなどは 日系企業がゼロですし、B2Bといっても相手は現地企業。B2Cとして現地の方に売っている日系企業は 他にないと思います。
―― 現在は8ヵ国に進出していますが、海外特有の難しさなどはありますか。
国によって微妙に求められるものが違いますね。例えばモンゴルは、石炭が出ますので、マイナス 40 度に もなる冬は暖房のために石炭をどん どん燃やす。ですから冬はスモッグ でクルマの運転もできないくらいに なってしまうんです。国策でLPガ ス自動車を走らせており、モンゴル における弊社のLPガス事業のメインはLPガス自動車向けのスタンド です。また寒いところだとLPガス は配管内で液化してしまいますので、そうならないための配管技術などま で手掛けるのが弊社の売りになって います。
国によっては、日本で言えば昭和40年代くらいの保安技術という場合もあります。そこに最新の技術を持っていくと、かけ離れすぎてしまいます。ですから、昭和50年代くらいの技術を持っていこうとか、少し先の技術を提供する。国によっては最 新の技術は求められていないものだったりするわけです。
―― 海外でのガス販売はどのよう な形ですか?
実は使った分だけ後払いをしているのは日本だけなんですよ。プリペイドのメーターとか、キャッシュオンデリバリーみたいな形がふつうで す。これはアメリカでもそう。この面では日本の方が特殊です。
業務提携やM&Aで エネルギー事業全国展開
―― 今後も海外展開は積極的に進めるとのことですが、国内についてはいかがですか。
弊社は埼玉県で創業して、東日本を中心に事業を行ってきたわけですが、昨年初めて進出したのが秋田県と京都府でした。まだ22都道府県しか出ていません。国内もまだまだ余地があります。LPガス、都市ガス、そして電力の事業を伸ばしていくのであれば、必ずしも弊社の資本が入らなくてもいいので、一緒にやっていただけるような事業者と手を組んでやっていきたい。あとはM&Aという形で伸ばしていく。長くLPガス業界にいますが、他県に行くと、商習慣の違いなど、同じ業界でも地域間格差を感じることがあります。人口が増えているところは大手も参入して競争が激しくなっています。地方では一生懸命やっても、過疎部の地域においては、シェアは上がっても件数が下がるようなこともあります。でも誰かがやらなければガスが使えないわけですから、この問題は大きな課題ですね。
―― サイサンとして今後、注力し ていくことはありますか。
「企業は人なり」ではないですが、そこに集う人がいるから企業は成り立ちます。またお客様が大事なのは 当たり前で、「お客様第一主義」を創 業以来唱え続けています。これはクルマの両輪みたいなもので、どちらかだけ良ければいいというものでは ありません。お客様の満足度を高めつつ、社員にもやりがいを持って働 いてもらうことが理想です。
M&Aをした会社に対しても同様で、役員を総とっかえするのではなく、弊社は社長か専務として1人を派遣するだけで、社員のリストラをすることなく我々の仲間として受け入れたい。出向した人間は信頼を勝ち得て成長させることができれば経 営者として成長できますし、M&A 先の企業も成長する。売り上げだけが上がればいいかと言えば、そんなことはない。企業として人の役に立ち、認めてもらえることが使命です。(聞き手=本誌編集長・児玉智浩)