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多様性を増す自分史市場に、 経営拡大のチャンスが

自分史とビジネス

多様性を増す自分史市場に、経営拡大のチャンスが

野見山肇

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 出版不況といわれ続けている中、著者側が制作費を負担する自費出版は年々増えている。 店頭に並んで売れるまで利益が見 込めない商業出版に比べ、自費出版 は受注(著者と出版契約締結)した 時点で利益が見込める手堅いビジネスだ。商業出版社も自費出版部門を 新設したり、別会社を設立したりして、自費出版に乗り出すところが珍しくない。

 自費出版では「自分史」といわれるコンテンツがかなりの比重を占める。自分の人生を語る素材は、誰もが持っている。「書く」というモチベ ーションさえあれば、必ず書けるのが自分史だからである。そして、その形態は〝書籍”けとは限らないのである。

 

自分史をつくる人々

 自分史というものを簡単に説明しておこう。類義語に「自叙伝」があるが、使い分けるなら、著名人が書くものが自叙伝であり、無名人が書くものが自分史となる。「評伝」と使い分けるなら、著者が自分の人生を書くのが自分史であり、第三者が書くのが評伝である。無名人による自分史や評伝は、かつて半生記が多かったが、昨今ではかなり多様化し、主人公の人となりや生き様の元となるものをまとめたコンテンツ全体が自分史と呼ばれるようになった。

 記載される内容は、主人公の生い立ちから現在に至るまでの人生を時系列に綴るものが一般的だが、そうでないものも多々みられる。例えば、ある時代だけを取り上げたもの、趣味や仕事、交友関係などテーマを絞ったものなどである。また過去の出来事を綴る物語という枠を越え、短歌や写真が趣味であれば、作品を制作年ごとにまとめたものを自分史と称する人もいる。形態も文字組の本とは限らず、フォトブック(写真集)、電子書籍、スライドショーデータ、動画と、これも多様である。

 さて、自分史の著者とはどんな人たちなのだろうか。大半を占めるのが、高齢者である。老年期に入った彼らは人生を振り返ることが多く、記録として残したいという動機から自分史を書き始める。取り上げられる題材は、主人公の人生体験として、幼少時の思い出、学生時代、仕事、子育てを含めた子どもの成長が挙げられるが、まんべんなく記述されるものではなく、著者の思い入れにより比重が変わることがほとんど。このほか、先祖を含めた家族のこと、恩人など忘れられない人、社会現象などが作者のこだわりによって、人生経験以上に重要なテーマとなることもある。

 では、高齢者以外の世代の人たちは自分史を書かないのかというと、割合は少ないがいる。小学校の課外活動には「1/2成人式」というものがあり、出生時の様子を親に聞いて作文にまとめ、それを発表するそうである。また中学3年生の英語のある教科書では、英文で自分史を書きましょうという課程がある。高校や専門学校、大学では就職対策として自分史を書かされることがあるが、それは自分史の効用の1つである自己分析に着目しているからだという。同様に自分史を自己分析ツールとして捉えるキャリアカウンセラーも多く、主催するセミナーやカウンセリングで自分史づくりを取り入れている。

 このような状況で背中を押された学生、生徒、社会人は自分史を書く。ただし、彼らの目的は自分史づくりの工程の一部、題材探しとその整理にあるので、必ずしも原稿を完成させ、本などの成果物をつくるとは限らない。

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自分史市場の現況

 「あなたの原稿を本にしませんか」というキャッチコピーの新聞広告を見た人は多いだろう。出版社が自分史に特化して関わることはほとんど なく、自費出版の1つのコンテンツとして自分史が存在することが多い。出版社に寄せられた原稿を編集者が読み、添削結果と「出版する価値」を滔々と述べられた手紙を応募者に送ることから商談が始まる。

 あるいは文学賞への応募を募り、選に漏れた作品の作者に、自費出版の道があることを知らせる手法もある。

 顧客(著者)と出版社との間で「出版」への認識にずれが大きい場合は、トラブルになることもある。トラブルが頻発して倒産に追い込まれた出版社もある。

 数年前から新聞社も自分史事業を始めた。朝日新聞社や読売新聞社は、記者経験者による取材やインタビューを行い、依頼者の自分史を制作代行するというサービスを提供している。また報道写真の使用を認めたり、各支局に人(潜在顧客)を招いて自分史作成相談会を開くなど、 新聞社ならではのサービスも売り物にしている。

 編集プロダクションが自分史に関わる場合、自分史づくりの企画段階 から著者・制作者と二人三脚で取り組むことが多い。著者の制作動機を確認し、すでに原稿をあらかた書いている場合でも、必要であれば企画からやり直すことを提案することも ある。つまり自分史のプロデューサー兼ディレクター兼編集者兼代理人の役目を、編集プロダクション側が果たすのである。

 印刷会社が自分史に関わる場合は、低価格を特長に掲げているケースが多い。「自分史をつくります」という触れ込みであっても、それは印刷製本サービスのことである。ただし、原稿の構成などの編集作業をオプションで対応するところもある。最近では、格安の印刷製本サービスはフォトブックと呼ばれるものが増えている。

 家系図に特化した制作代行者もいる。もともと、代々続く家柄などで需要があったが、東日本大震災以降、家族の絆が見つめ直されるようになり、人気のあるコンテンツになった。 戸籍謄本から作成する簡易なものから、墓標や宗門人別改帳をたどって本格的に作成する場合もある。

 意外と多いのが、自分史を動画にするサービス。写真をスライドショー風にまとめるもの、主人公に思い出をインタビューして、それを撮影し編集するもの、本格的に自分史映画をつくるもの、と内容はさまざまである。

 イベントとしては、日本自分史学会が主催する「山梨自分史大賞」は2018年で 19回を数える。伊丹市市立図書館が毎年募集している「日本一短い自分史」は2018年で第5回を数える。また、一般社団法人自分史活用推進協議会では、「自分 史フェスティバル」や「自分史まつり」を毎年開催している。かつて「北九州市自分史文学賞」というものがあったが、「林芙美子文学賞」に継承される形で終了している。

 高校生を対象としたイベントもある。全国から選ばれた高校生が森・ 川・海の名人を取材し、原稿をまとめて発表する「聞き書き甲子園」は2018年で17回を数えた。農林水産省、文部科学省、環境省が開催に協力している。また、教育と探求社 が2006年から毎年開催しているコンテスト「クエストカップ」では、進路探求コース「自分史」部門が用意されている。

 


 

mb201902_2.jpg3年目を迎えた『自分史白書』

『自分史白書』とは、自分史を本にする人はもとより、自分史をビジネスとして捉える人必携の小冊子。 2016年の創刊号以来、毎年発行している。

『自分史白書』の発行意図

 自分史に関わる事業者に求められる知識は、自分史をつくるものとしての知識とは、少しばかり立ち位置が違い、ゴールも異なる。その知識は市販の書籍からは得られない、経験がものをいう知識である。この「経験がものをいう」知識を文書にまとめて、自分史づくりという志を共にする人々に情報発信するのが、『自分史白書』の発行意図である。

『自分史白書2016』(創刊号)
 自分史ビジネスを始めるに当たって必要となる知識を整理。自分史という切り口で関連用語を解説した「自分史 小事典」、自分史の書き方指南本27冊の解説、実際に自分史ビジネスに取り組んでいる事業者を取材した「自分史ビジネス事情」等を掲載。

『自分史白書2017』(第2号)
 自分史ビジネスの草分けといえる3人の寄稿「巻頭コラム」他、「自分史事業者の現状を知り、穴場を見つけよう!」、「特集自分史キュレーション」、「自分史を取り上げた論文リスト」、自分史ビジネスに取り組む当事者の座談会「本音トークBUCHAKE」等を掲載。

『自分史白書2018』(第3号)
「人はどのような題材に興味を持っているのか」「編集者はどのように、まだ埋もれている題材(テーマ)を発掘 するのか」「社会現象は自分史の題材になり得るのか」「先祖を綴る喜びと達成感」等の視点から、自分史の題材について解説。

 

『自分史白書』
https://jibunshihakusyo.jimdo.com/
販売元 あやめ自分史センター 
170-0005 東京都豊島区南大塚1-14-12 TEL 03-3947-2489

 


  自分史市場の可能性

 ここでは、自分史という市場におけるチャンスや可能性について、自分史の制作工程を具体的に追いながら整理してみよう。制作工程は、企画/素材集め/構成検討/原稿執筆 /編集/印刷/出版である。

 企画段階では、自分史をつくる意義について考える。なぜ自分史をつくるのか、自分史をつくるといいことがあるのか、である。これは自分史をつくりそうな人たち、まだ自分史をつくったことのない人たちに関わってもらいたい工程だが、実際に自分史づくりに進まなくてもかまわない。となれば集客ツールとしての自分史セミナーが考えられる。葬祭業やブライダル業では、顧客の囲い込みを狙って無料イベントを定期的 に開催するが、自分史セミナーもそ のコンテンツの1つになり得るだろう。

 自分史の素材集めは、一般には旧知の知人に会ったり、印象深い場所を再訪することである。これを制作業者が代行することは、費用対効果から現実的ではないだろう。そのため、新聞社は自社が持つ報道写真や新聞記事の引用転載サービスを売り 物にしている。作者(自分史の主人公)の思い出や体験に関連するコンテンツを持っている場合にそれらのコンテンツを提供することは、顧客 (自分史をつくる人)に喜ばれる。

 構成検討/原稿執筆/編集工程では、そのノウハウを教える自分史作成講座が考えられる。カルチャーセンターや自治体が開催しているものも多い。受講料が無料の場合がほとんどの自治体主催の講座は人気だが、カルチャーセンターの場合は、講師に集客力がないと人が集まらないのが実状である。プロから厳しく指導されることで高品質の自分史をつくりたいと思う受講者もいれば、手軽に完成できる達成感を求める受講者もいる。講座の雰囲気は両極端だが、どちらも受講者と講師が同じ場所と時間を共有することを重視するという点は変わらない。そのためインターネットを利用した通信教育は、あまり適さないようである。

 この工程でもう1つ考えられるのは、聞き書きなどの制作代行である。高齢者の場合は、話を聞いてもらうというプロセスにも価値を見出すので、有効なサービスである。ただし発注者(顧客)側に1冊の自分史をつくるために1人または複数の制作 者を雇うことは一般人には負担が大きいため、中小企業の経営者などがターゲットとなる。

 印刷/出版工程は、印刷業界のデフレとクラウドサービスの普及により、低価格となっている。ただし顧 客側にITリテラシーが求められるので、作業(手続き)代行は有効なサービスである。介護事業者の保険対象外サービスやシルバー人材センターの作業代行サービスなどの1つとして行うことも可能だろう。

 自分史の市場は非常に小さなマーケットだが、中小企業の経営者を潜在顧客と考えると、どんと広がる。中小企業庁によれば、2015年の経営者年齢のピークは66歳。勇退・事業承継は大きな問題であり、これを機に"仕事史"という自分史をま とめたいという需要が高まっている。同時に、彼らをターゲットにした自分史関連ビジネスへの期待も高まっている。


 

多くの人の母港となれるように
あやめ自分史センター

 あやめ自分史センターは2016年、東京・大塚につくられた、自分史を活用する人々のための支援スペース だ。ライブラリー(自分史本陳列棚)と、閲覧・集会に使うことができるノマド・サークルスペースがある。

 それらを用いて、自分史で「自分自身を見つめなおそう」「力を得よう」「意思を伝えよう」という人と、ま たそれらのお手伝いをしようという人双方を支援することが企図されている。

 少子高齢化の時代にあっても、新たな自分史は間違いなく人の数だけ生まれ、育まれていく。過去からの 声を届け、新たな声なき声をすくい上 げる――そうした自分史活用を通して、 自分らしく生きる人を増やすため、ま た日本全体を元気にしていくため、多 くの人の母港として役立てるよう、こ れからも挑んでいく。

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 あやめ自分史センターについて、詳しく はセンター館長菖蒲亨(あやめ・とおる) 著『自分史2.0』(幻冬舎ルネッサンス新 書)をご覧ください。

  


 のみやま・はじめ
 テクニカルライターを経て、2007年 に株式会社文研ビズを設立、自分史作成 支援を手がける。一般社団法人自分史活 用推進協議会理事。主な著書は、『チョイ 上の自分史を書こう!』、『書かない自分 史』、『失敗しない自分史づくり 98 のコツ』。 16 年から自分史をビジネスとして取り組む 事業者向けに『自分史白書』(あやめ自分 史センター)を毎年発行している。

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